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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第4章 地の底より
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第141話 渚さんと最初の少女

『何にも連絡ありませんわねえ』


 カスカベの町よりわずかに離れた岩場にいるリンダがそう口にする。

 現在リンダはカスカベの町を占拠している野盗バンディットたちに見つからぬようにこの場で待機していた。

 渚はすでに単独で町に潜入しているため、そこにいるのはリンダとクロ、それにビークル内にいるミランダのみだ。リンダは隠密行動に長けているわけではないし、クロも光学迷彩の機能はあるが移動しながらでは精度が落ちるために今回も渚の単独行動となっていたのである。

 それはどうしようもないことだとは理解してはいるもののリンダは歯がゆい思いをしてその場で待っていた。


『リンダ、油断はしないように』


 そして、集中力を欠いている様子のリンダにクロがそう声をかける。

 待機とはいえ、何かしら合図があれば即時動けるようにしていなければならないし、野盗バンディットに見つかって襲撃される可能性もゼロとは言えない。この状況での油断は命取りなのだ。


『ええ、それは分かっていますけど。連絡が取れる手段があれば良いのに』


 リンダがほおを膨らませながら、そう返す。

 実のところ、渚からは一度暗号通信が送られてきている。

 符丁はミケとクロで決めたものなので第三者の解析はわずかな時間ではほぼ不可能であり、通常ではただのノイズにしか感じ取られない形での送信だった。

 それによれば渚はテンプル内の狩猟者ハンターとは合流できたようだが、待機継続の知らせも同時に来ていた。

 そして現在の場所を察知されぬようにリンダは返事を返すことができない。抵抗中の狩猟者ハンターが町の外に信号を送ることはおかしくはないが、何もないところから瘴気を越えるほどの強力な信号が発信されればさすがに野盗バンディットにも気付かれてしまうというのは子供にも分かる理屈だ。だからリンダにできることといえば、当初の予定通りに状況が整うまで待機するだけだった。


『リンダ。通信を使えば、場合によっては野盗バンディットに気付かれてキャラバンの二の舞ですよ』

『分かっておりますわクロ。わたくしもそこまで馬鹿ではありません』


 そんな何度か繰り返されたやり取りをしながら、リンダとクロは周囲を警戒し続けた。そしてしばらくしてクロが北の方へと視線を向けた。それにつられるようにリンダも顔を北に向けると何かの影が近付いて来ていることに気が付いた。


『アレは……どうやら、複数のビークルがこちらに向かっているようですね』

『クロ、あれクキシティからですわよね?』


 その言葉に黒いブレードマンティスが頷く。その姿は徐々にはっきりと見え始め、それがライフル銃をクロスさせた狩猟者ハンターのマークが描かれている無数の武装ビークルであるのがリンダにも確認できた。つまりそれは増援だった。


『どうやらキャラバンが無事連絡してくれたようですね。我々も合流しましょうリンダ。待機の時間は終わりです』




  **********




「で、何すんだよドク?」


 リンダとクロがクキシティの狩猟者ハンターたちと合流を果たしていた頃、カスカベアンダーテンプル内の一室ではドクが円柱の容器の周囲にある機材を操作し続けていた。その間、渚は特にすることもなく、今はドクの行動を待ち続けている状況だ。


「アウラと接続するのよぉ」

「アウラ?」


 渚が初めて聞く言葉に眉をひそめてミケを見た。

 けれどもミケの方も首を横に振る。


『検索してみたけど駄目だね。ヒットはするけど神様の名前というぐらいしか出てこない』

『当然だろうね。アウラは、何の理由もなく僕らが入手できる深度の情報ではないよ』


 ミケの言葉にミケランジェロがそう返す。


「ねえナギサ。アイテール結晶侵食体は肉質をすべてアイテール結晶に置換した後、かつての人間の構造をそのまま引き継ぐのよぉ。つまりは人間に近い行動をとる、一種の新生物に変わるのよねぇ」


 その言葉に渚が眉をひそめる。


「それって、あのガラスの中のあんたも生きてるってことじゃないのか?」

「あ、これはもう駄目。結晶化前に脳内が焼けてるわぁ」


 中央の円柱容器内を見ながらドクがそう返す。


「まあ、これはともかく侵食体化は一種の不老不死になれるってぇことではあるのよ。人工的に侵食体になろうって試みも何度かあってぇ、おそらくアンダーシティの侵食体はそいつらじゃあないかなぁってところ。で、本題はここから。不老不死になった侵食体はその後どうなると思う?」

「どうなるって、不老不死なんだろ。生き続けるんじゃないのかよ?」


 渚の言葉にドクが「正解ぃ」と言ってボタンを押すと、周囲の空間に無数の四角い光が浮かび上がって映像が次々と投影されていった。そこには何体ものアイテール結晶侵食体がカプセル内に寝かされている様子や、よく分からないグラフ、それに3D化された地下マップ、一本の巨大な木にも似たアイテール結晶など様々なものが映し出されていた。


『これは凄いね』

「あ、ああ……あれは?」


 その中で渚は大木の中にいるチンチクリンな少女の姿を見て一瞬目を見開いた。


「あら、気付いたのぉ。あれがアウラよ」


 ドクの言葉に渚がその少女を凝視する。けれども顔ははっきりとは見えず、背格好が誰かに似ている気もしたが、それが誰かまでは渚も思い出せなかった。


「凄いでしょぉ。巨大なアイテール結晶の大木。あれすべてがさっき言った4894年前に最初に発見されたアイテール結晶侵食体なのよぉ。見ての通り、もう人間とかそういう規模を超えてる。言ってみれば究極の知性体ねえ。実際大きさはこんなものよぉ」


 そう言ってドクが指差したのは、3D化された地下マップの下側にある緑色の巨大な塊だ。


「まさか、それが全部アイテール結晶侵食体だってのか?」

「ええ。どうも大元の侵食体を固定化させ、それを核として周囲にアイテール結晶を増設し、推定で第四十八世代ニューロン型に近い情報伝達機構を形成している……という感じなのよ。一種の超巨大コンピュータって考えた方が分かりやすいかしらねぇ。かつてはアウラに太陽系のシミュレーションモデルをブチ込もうなんて計画もあってぇ実行したり失敗したりしたらしいけど……ここまでの規模となると概念上、それはもう神に近いんじゃないかぁとも言われてるわぁ」

「神様って……いや、そう言われるとなんか急に胡散臭くなるな」


 そう口にした渚にドクが笑う。


「ま、そうでしょうね。けれどねぇナギサ。そもそもあなたは四千年生きてる人間が何を考えているかなんて想像がつく?」

「四千……そりゃあ、無理だろ」


 渚が少し考えてからそう返した。

 意識的には十数年間、実態としては数ヶ月しか生きていない渚にそれを理解することはできない。とはいえ、それは渚に限った話ではない。数十年で死ぬ人間にはそもそも理解できるわけもないものだ。


「そういうことよぉ。そういうのはただ単に自分たちの理解不能なものを神という概念に当てはめて切り離して考えているってぇだけなのよぉ。それにねぇ。アウラは機械獣から手に入るものとは比べ物にならない、超高密度のアイテール結晶の塊なのぉ。あんまりにも強大なパワーソース過ぎて扱いに困って……というか誰も扱えなかったのよねぇ。結局私もこうして結晶化されて生涯を終えたようだしねぇ」

「ドク……」


 そして渚がドクの言葉に何かを返そうとする前に、ミケランジェロが急に顔を上げて『ドク』と声をかけてきた。


「ん? ミケランジェロ、どうしたの」

『どうやら、ナギサのお友達が来たみたいだよ』

「あたしの?」


 首を傾げる渚の前の空中に映像が表示される。

 そこはカスカベの町の入り口だった。そして、その場には仁王立ちでガトリングガンを撃ち続けているライアン局長らしき人物と、さらには狩猟者ハンターの集団が町の中へと突撃している様子が映し出されていたのである。

【解説】

第四十八世代ニューロン型:

 ニューロン型とは脳内の動きを模した設計思想のシステムの通称。

 現行の世代は第三十六世代であり、アウラが第四十八世代と呼ばれているのは、その世代あたりのニューロン型ならば同程度の性能に到達するのでは……という推測によるものでしかない。なお、文明の発展が見込めない現状では到達する目処は立っておらず、また現段階のアウラのスペックはさらに発展している可能性が高い。

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