第136話 渚さんとグルグル眼鏡
『角に七人か。何人かは機械化してるサイバネストだけど、計算された戦力予想評価は先ほどの野盗より低いね。このまま掃討しよう』
『分かった。飛べファング』
窓ガラスに映った待ち伏せしている男たちの姿を解析したミケの言葉に渚は頷き、有線のマシンアームを通路先へと弧を描かせながら一気に飛ばした。
『なんだ、こりゃ!?』
『ランツが倒れたぞ』
『クソッ、突っ込めや』
バチバチと人が倒れる音がして、続けて六人の野盗たちが慌てて角から飛び出してきた。
『おい、ドクロメットがいないぞ!?』
『バカ、マシンアームのワイヤーの先は天井だ』
『正解、けど遅えよ』
その声に野盗たちが一斉に銃口を上に向けたが、飛びかかった渚はマシンアームと八本の補助腕を動かして彼らに一発も撃たせずに組み伏せた。
『く、蜘蛛かテメェ』
『うるせえな。寝てろ』
渚がマシンアームで掴んでいる男をスタンで気絶させ、他の野盗たちに対しても同様にスタンを行って意識を奪うと手早く縛り付けた。地下の入り口が開くまで時間がどれほどあるのかは分からないが、殺さぬ以上は拘束しておかねば背中が危うい。
『うん、そうだ。そうしておけば解くのは非常に困難だよ』
『軍隊式拘束だっけか。本当にこれであってるのか?』
スルスルと渚が手慣れたような手つきで野盗たちを縛り付けていく。インストールした記憶によって再現される技術は渚の中ではどこかフワッとした印象がある。何度となく繰り返し、身体に馴染ませないと自分で行っているようには思えないようだった。
『うん。そのロープはアイテールブレードでもなかなか切れないタイプのものだしね。これを解こうとすれば余計に時間がかかるから後から増援が来た場合の時間稼ぎにもなる』
『なら、オッケーだな』
「えっと、独り言かしら?」
戦闘が終わったので近付いてきたミランが訝しげな顔をして渚を見ている。
それに渚は少しだけ視線をそらしながら『まあな』と言葉を返した。
『ちゃんと締められてるか自己チェックしてただけさ。で、全員分終わったしさっさと先進もうぜ』
その言葉にミランも頷くが、続けて周りを見回しながら大きく息を吐いた。
「本当に凄いわね、あなた。確かに直接地下を閉鎖することを私も望みはしたけど、このままなら本当にできそうじゃない」
『なんだよ、それ? あんたはできないことをやろうとしていたのか?』
提案をしたのは渚だが、それは当然算段あってのものだ。
だがミランはそうではないらしいと感じた渚の問いに、ミランが曖昧に笑う。
「できる、できないじゃないのよ。私にはそうする責任がある。だからどんなに可能性が低くても方法があるなら頼らざるを得ないというだけ」
その言葉に渚が眉間にしわを寄せながら『あんま、良い考えじゃないと思うけどな』と返した。
『けど、それだけアンダーシティはここを重要視してるってことでもあるのか』
「そう受け取ってもらって間違いないわ。それにしてもナギサ、あなたの動きはウォーマシンに似てるわね。その合理性の塊のような動きはとても人間のものには思えない」
『ウォーマシン?』
その名を久しぶりに聴いた渚が眉をひそめるとミランが頷く。
「アンターシティの中心部を護っているガードマシンのようなものね」
『ふぅん。恐らくは同系統のマニュアルデータがそいつにはインストールされているんだろうね』
ミケの言葉に渚が(へぇ)と相槌を返すと、ミランは気付かず通路の先へと視線を向けた。
「それじゃあ進みましょうナギサ。希望も見えてきたし、次の角を曲がれば目的地はすぐよ」
『了解、じゃあさっさと行くか!』
そう言って渚たちは再び動き出し、ほどなくして地下施設の入り口へと辿り着くこととなる。そこは野盗たちが護りを固めていたのだが、モランのような強敵はおらず、そして……
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『邪魔すんぜ!』
扉がバンと勢いよく開けられ、外から吹き飛ばされた男たちがゴロゴロと室内へと転がっていた。
それから続いて渚とミランが部屋の中へと入ってくる。
あえて男たちを投げ込んだが反撃はなく、渚が素早く周囲を見回したが他に野盗たちの姿はなかった。どうやら外で護っていたのが最後の野盗たちだったようで、部屋の中にはズングリ眼鏡のボサボサ髪の女がひとりいるだけだった。
「あら。早かったじゃない。いや、遅かった? カッコいいドクロメットのお嬢ちゃん」
(おいミケ。なんか、初めてあたしとセンスが通じるヤツと会えた気がするんだけど)
渚の言葉にミケが肩をすくめる。ミケはまた何の戯言を言っているんだろうかという顔をしていたのだが、幸い猫なので渚はそこまで深くを察することはできなかった。
『まあ、いいけど。油断しないでね渚』
(分かってるっての)
渚が頷いている横で、ミランが前に踏み出して、目を見開き部屋の奥を見ていた。そこには地下に通じる入り口があり、閉められているはずのシャッターがなかったのだ。つまり地下への入り口はすでに開いていた。
「そんな……まさかとは思ったけど、本当に開けられるなんて」
ミランの驚きの言葉にボサボサ髪の女がニタリと笑う。
『まーねー。それなりに手応えはあったけどさぁ。千年経っても技術的なパラダイムシフトが起こってないとか手抜きもいいところじゃない? まあ私の知識が通用するのは助かってるけどさぁ』
「千年……何を言ってるのあなた!?」
ミランが怒りの表情で女を睨みつけるが、その言葉を聞いた渚がミケへと視線を向けた。時代の違う人間。ミケの同類。パズルのピースは次々とはめられていく。そして、ミケは渚の視線には反応せず、女の横を睨みつけながら口を開いた。
『いるね』
『いるよ』
途端、渚の視界にミケではない猫の姿が映った。
女の横にチョコンと座っているその猫はミケと同じ三毛猫だ。
『は? ミケがふたり?』
「ふぅふー。感動の兄弟のごたいめぇん……てところかしら? えっと、感動的よね?」
ボサボサ髪の女がそう言いながら首を傾げた。
その反応に渚が眉をひそめながらも女に尋ねる。
『そっちの猫も気になるけどさぁ。で、あんたがドクか?』
そして、渚の問いに女が頷き、自分の胸に手を当てながら口を開いた。
「ええ、そうよナギサ。私の名はドクトル・マリア。あなたと同じ竜卵の苗床。時代を超えた再生体。つまりはあなたのお仲間よ」
【解説】
パラダイムシフト:
時代や分野において認識されていた常識が劇的な変化が起きること。
マリアの認識からすれば、現在の埼玉圏で使用されている技術の多くは彼女の千年前の知識が通じる程度には大差ないようである。




