第135話 渚さんと機械化軍団
(おいおい。避けられたよ、何なんだあいつ?)
渚が心の中でそう呟く。
ミランと相談し、地下への入り口を開けようとする野盗を直接阻止しに行くこととなった渚だが、現在は道中で遭遇した野盗たちとの交戦に入っていた。想定では窓の外からの奇襲によって無力化できる算段であったのだが、実際にはそうはいかず、最初に狙いをつけた男には肩に傷を負わせただけ。残りも隙を見せたひとり以外は無傷とはいかぬまでも戦闘可能な状態のままだった。
(センスブースト限界のギリギリまで粘ってひとり倒しただけか)
『行動予測かな。目が追いきれてなかったし、自動回避も入っていたようだからセンスブーストではないと思う。あの大男が一番の使い手だろうけど、多分全員同じ機能を搭載している』
ミケの言葉に渚がなるほどと頷いた。
近接戦闘では自分が有利ではあるのだろうが、上回りきれていないのであれば安易には近付くよりも……と渚は考え、次の手に移る。
『へっ、相手はひとりだ。どんなにすばしっこかろうがな。この狭さなら接近させなければ……は? 緑の光?』
対して渚が仕留めきれなかった野盗のモランの方は、一度距離をとって全員の銃撃を集中させれば近寄ることもできまいと考えていたのだが、その考えは甘かった。
『おいおい、そんなんのどっから出してきた!?』
ガシャガシャとライフル銃を持った補助腕が次々と通路の角から姿を現した。その数、六丁。メテオファングをつけている二本以外すべての補助腕にライフル銃が持たされている。窓から飛び出た襲撃者がなぜそんな重装備を……とモランは考えたが、それは渚が軍事基地の地下で発見したレシピによってたった今アイテール変換で生成されたものであった。
『女の子は隠し場所が多いっていうぜ』
『渚、それ意味を分かってて言ってるのかい?』
渚の決め台詞にミケが苦言を呈する。
『意味? 姉ちゃんの受け売りだけど?』
『そうか。君のお姉さんは少々……』
『??』
首を傾げる渚にミケが『いや、戦闘に集中しよう』と返す。今は戦闘中なのだ。
『はっ、そうかよ。姿形が残ってたらてめえの隠し場所にもぶち込んでやるよ。ヒーヒー言わせてやる』
『何言ってんだあいつ?』
『さあね。とっとと片付けよう。相手は現在六人。こっちは六丁。いい勝負じゃないか』
そして、双方から銃声が一斉に鳴り響いた。
もっともいい勝負なわけもない。渚は補助腕とライフル銃しか見えないのに対して、野盗側は遮蔽物のない通路に六人だ。一瞬で撃たれた野盗三人が崩れ落ち、『チィ』と舌打ちしながらモランが飛び出した。
『走ってきた!?』
『左腕のマシンアームがシールド持ちのようだ。掌をかざした手前で銃弾が弾かれてる。右も構えを取っているね。何かを仕掛けようとしてるみたいだし、仲間が三人後ろにいる。どうする?』
『こうする』
渚がライフル銃で天井の一部を撃つと、ブワッとした何かがその場に散った。
それは消火用のナノマシンだ。そして散布されたナノマシンがモランのシールドと干渉しバチバチと音を立てる。
『よし、上手いよ渚。威力が減衰した』
『じゃあこっちも突っ込むぜ』
モランが前に出たことで後方の野盗たちが同士討ちを嫌って銃を止めていた。その隙に、渚がライフル銃を撃ち続けながら突撃していく。
『手間が省けたが、こいつを喰らいなガキ』
そう言ってモランが右手を前に出すと、腕が左右に割れて中から小型のレーザーガトリングが飛び出てきた。
『ガキに痛い目見せるのも忍びない。一瞬で殺してやるから感謝しな』
『うっせえ。ガキ扱いすんじゃねえぞ』
次の瞬間、無数のレーザーが放たれたが、その射線を渚は正確に避けていく。
『テメェ、見えてるか!?』
『あんたもな。けど、精度はこっちの方が上だ』
どちらも弾道予測線を見る目を持っていたが、弾道予測線とは予言ではなく得られた情報から演算装置で動きを計算しているに過ぎない。であれば、遺失技術のチップを脳内に持つ渚に読み合いの軍配が上がるのは必然であった。
『到着だ』
『おおぉぉおおおおお!?』
そしてメテオファング付きの補助腕を腕に装着させた渚がついにはモランの正面にまで辿り着き、機械の右腕を切り落とした。
続けてモランを飛び越えた渚が背後の三人へと飛びかかり、それぞれ重火器に変形していた腕を斬り裂いた後にバスターモードのファングで殴り倒していく。
それはほんのわずかな時間でのこと。センスブースト持ちらしい動作をしている相手もいたが、チップの性能を持ってすれば読み合いで渚が負ける道理はない。そして、渚がモランの配下をすべて倒したところで、モランが左腕から銃口を出して構えたが、渚は正確に銃口に弾丸を放って右腕を内部から破壊する。暴発したことで左腕が吹き飛び、さらには渚が両足も撃ち抜いたことでモランは身体を支えられずにその場で崩れ落ちた。
『クソッ。このモラン様が負けただと。お前、お前は一体何なんだ?』
『ん、あたしははんた……おっと!?』
渚が答えようとした目の前でモランの口が開いて砲身が中から出てきたが、渚はバスターモードの緑光に輝くマシンアームでその頭部を掴んで壁へと叩きつけた。それから頭に腰の拳銃を向けて『止めとけって』と口にした。
『一応、殺傷はするなって言われてんだよ。けど、無理に抵抗するならその限りじゃねえよ?』
渚がそう言うとミケがにゃーと鳴いた。そして、完全に拘束されたモランが苦い顔で渚を見る。
『言われてやれるってのは、そりゃ……俺らはその程度ってことか。なんだ、そりゃ……何もんだよテメエ。いや、その腕……そうか、お前が』
『なんだよ。あたしのこと、知ってんのか?』
首を傾げた渚にモランが頷く。
『ああ、知ってるぞ。よく知ってるとも。お前が百目の言ってたナギサか。なるほど、ザルゴ団長と同類ってんならこの結果も理解できる。正真正銘の化け物を相手にしてたってことか。クソッタレ』
百目という言葉に渚が眉をひそめた。百目のロデム。それは以前に渚を襲った野盗の名だ。
『ザルゴ団長ね。そいつが前にルークが言ってたこの腕と同型機を持ってるヤツってことか』
『そうだぜ。へっ、てめえのことは旅団全員が狙ってるぞ。こいつは親切心で言ってるんだがな。今の内に腕を切り落としてうちの団長にプレゼントした方がいい。でないときっとお前は後悔する』
『うっせえ。んなもん、しねえよ』
渚がそう口にしてモランの頭を掴んでいるマシンアームをバチッと放電させるとモランの意識が途絶えた。それはバスターモードを応用した対人用スタン攻撃であった。
『来るなら来いってんだ』
『彼らが執着する理由は、ちょっと気にはなるけどね。あ、渚。他も念のために他の野盗も気絶させて拘束しておこう。それとその小型のレーザーガトリングは貰っておこうか。小さいし、思ったよりも性能は良さそうだ』
ミケの言葉に渚が頷くと周囲に倒れている他の野盗たちもスタンで念入りに気絶させて拘束し、モランの小型レーザーガトリングを解体して入手するとミランを待機させている部屋へと戻り始めたのであった。
【解説】
消火用ナノマシン:
旧文明時代の施設などには設置されている防火装置。
渚は爆発後に動作していたソレを目撃していたため、今回の対応を思いついたようである。なお、モランのシールドは消火用ナノマシンのみならず瘴気内でも効果は減衰してしまう。