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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第4章 地の底より
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第133話 渚さんと自爆ボタン

『よし、ミランさん。大丈夫だ。入ってくれ』


 渚が部屋の中をミケと共に手早く確認し、ミランを部屋の中へと誘導する。

 そこはこじんまりとした、ただ端末が置かれているだけの部屋だった。そもそも部屋への入り口も見た目はただの壁で、ミランが自分の手をかざすことで(生体認証をキーとしているとミケが説明していた)扉が開いており、どうやら通常では隠された部屋のようであった。


(隠し部屋……そういえば、野盗バンディットも知ってたよな?)


 渚の心の中の疑問の声にミケが『うん、そうだね』と返した。ノックスたちは彼らの知らぬ隠し部屋から壁を破壊されて危うく全滅しそうになっていた。それはつまり、野盗バンディットが隠し部屋の存在を把握していたということだった。


『相手はこの施設の詳細な情報を得ているみたいだからね。だから中を確認したわけだけど、何も仕掛けてはいなかったようだね』

(ま、全部を知っているわけじゃあねえんだろ)

『ただ、その端末を起動すると位置を把握される可能性はあるから襲撃には気を付けないと』


 渚とミケがそんなことを話している間にミランが端末を起動し、光学干渉システムによって構築されたモニタとキーボードを出現させていく。さらにはミランの思考を端末がトレースすることで必要な情報が表示されたウィンドウを次々とモニタに現れる。


「よし、端末は問題ないわ。けれど……これは不味いわね」


 モニタに映っているグラフと流れるコードを見ながらミランが眉をひそめる。その様子になにやら良からぬものを感じた渚が口を開いた。


『どうかしたのかミランさん?』

「ええ。いえ、正直信じられないというか……おそらくはあのドクと呼ばれる女の仕業なのでしょうけど、彼女にこの施設内のシステムのほとんどが掌握されているみたいね。こんなのアンダーシティ内でもできる人間なんていないわよ」


 そう返しながらミランは次々とウィンドウを開いてはチェックを付けて閉じていく。けれどもウィンドウは次々と開き、ミランは眉間にしわを寄せて視線を右へ左へと動かして確認しながら、さらにその行為を繰り返していった。その表情には焦りが宿っている。


「命令のラインを解除してもすぐ迂回して侵入される。いえ、そもそももう55パーセント以上が乗っ取られてるんじゃあ焼け石に水ね。遺失技術ロストテックを使ってるんでしょうけど、信じられないわ」

『はあ、なあミランさん。そのパソコンにゃあセキュリティとかないのかよ。なんだっけ? ファイアウォールとかそういうの?』

「パソコン? 炎の壁? なんの話だかは分からないけど、残念ながらプロテクトは徐々に突破されている」

『ふぅん』

(どうしたミケ?)


 ミケが画面のコードの動きを見ながら目を細めるのに気付いた渚が尋ねるが、ミケは『いやね』と言ってヒゲを揺らした。


『このコードの動き。演算の速度や流れがちょっと……まあ、今は気にしても仕方ないか。なんでもないよ渚』


 不明瞭なミケの言葉に渚は眉をひそめるも、続きの言葉が返ってくるわけでもなかったため再びミランへと視線を向けた。


『それでミランさん。どうにかなりそうなのか?』

「駄目ね。強制閉鎖モードのコードを打ち込んでいるのだけれど命令を受け付けない。あのドクという女、確かに恐ろしい技術力かもしれないわ。ただ」


 ミランがキーボードをさらに叩くと、端末の筐体の上部が開いて中から大きなボタンが出てきた。自爆ボタンを連想させるそれに渚は嫌な予感を感じながらも『それは?』と尋ねた。


「シャッターの強制閉鎖ボタンよ。こういうこともあろうかと直接操作も可能な手段も用意してあるのよ」


 ミランがそう言って右手を振り上げ、そのまま一気に振り下ろそうとしている途中でミケが『あ、不味い』と口にした。それに渚が『え?』と声をあげ、そして……




 **********




「あ、トラップに引っかかっちったか」


 少しばかりの振動を感じ、目の前のモニタに異常を知らせるエラーウィンドウが出たのも見たドクがそう呟いた。もっともその程度の反応だったのはドクだけで、周囲に待機していた野盗バンディットたちは驚きの顔で窓の外を見ている。離れた施設で爆発が起きて、煙がもくもくと上がっているのが見えていたのだ。


『ど、ドク。C地区で爆発が起きたみたいです。まさか狩猟者ハンターたちが襲撃を?』


 野盗バンディットのひとりがドクに尋ねる。モランがこの場を離れた以上、彼らを指示できるのはドクだけだ。けれどもドクは面倒くさそうに「ああ、それ狩猟者ハンターじゃないからぁ」と口にする。


狩猟者ハンターではない? どういうことで?』

「多分モグラさんよ、モグラさん。とりあえずあなた、モランに連絡しなさい。あの爆発地点にモグラさんいるかもしれないって。まあ、あれに巻き込まれてたら死んでるでしょうけど」

『は、はぁ』


 分からぬという顔の野盗バンディットに対し、ドクはシッシという手振りで追い払う。


「いいから指示だけこなしなさい。いくらボタン自体は端末とは別の配線になっていてもねぇ。開閉コードを察知したら自爆するようにセットされたらボンッてだけなのよ。けど、モグラさんが死んだとなると私が自分で解かないといけないわけかぁ。まあ余裕だけどねぉ」

『ふぅん』


 そして再び作業に取り掛かろうとしたドクの前を警戒した風な顔の三毛猫が横切った。その様子に気付いたのはドクだけで、周囲にいる野盗バンディットたちはそこに猫がいると気付いたそぶりはない。いや、そもそもそれはドクにしか見えていないものだった。


「あら、どうしたのミケランジェロ? あなたにしては難しい顔をしているじゃない?」

『そうかな。まあ猫の顔って結構分かりやすいかもしれないけれど。いやね。ちょっと今、妙な感覚があってさ』

「感覚?」


 ドクの問いに三毛猫のミケランジェロが頷き、前足で顔を撫でた。


『警戒を怠らないでドク。この感覚が確かなら、状況は少し厄介なことになっているかもしれないよ』


【解説】

端末:

 規格統一化されたかつての世界においての情報端末は、権限の厳格化と支配者級ドミネイタークラスAIによって制限された上で使用されていた。

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