第130話 渚さんと心配性なリンダ
『ナギサは大丈夫でしょうか?』
リンダがそう口にしながらカスカベの町の方へと視線を向けた。
その場はカスカベの町よりわずかに離れた岩場の裏手だ。
あの戦いの後、商人のユギルにはクキシティへと救援に向かってもらい、彼女らはカスカベの町のそばまで来ていた。そして渚はといえば、光学迷彩マントと自身のスニーキング技術があれば野盗に発見されず中へと忍び込めるだろうと判断して単独で町の中への潜入を果たしていた。
それにリンダも同行したいという想いはあったが、機動性はともかく隠密に長けているわけでもなく、また光学迷彩マントもひとつしかないのだから結局は渚ひとりに任せるしかなかった。
『リンダは心配しすぎです。常にミケと共にいるわけですし、それに相手が人間であれば渚が追い詰められるようなことは早々ないでしょう』
『クロ、そうは言いましても渚はあれでも狩猟者としてはまだ新人なのですよ』
渚の実力は確かに高い。ゴールドランクの狩猟者といえど正面から戦えば太刀打ちできぬほどに。けれども渚は普通の女の子でもあるのだ。それを共に生活しているリンダは知っている。
『リンダ、渚はあのマシンアーム『ファング』より大戦期の兵士の技術をインストールされています』
『ええ、それは知っていますわ。けれども、それは一体どれほどのものなんですの?』
ミケというナビゲーションAIやセンスブースト、弾道予測線、それに遺失技術のマシンアーム『ファング』という切り札を扱うのに兵士の技術が役に立っているのはリンダも理解できる。だがそれがどれほどのものなのかというのが分からない。
対してクロはブレードマンティスのボディから『そうですね』と言葉を返した。
『かつての頃であれば渚はただの歩兵です。単体ではウォーマシンに蹴散らされ、そのウォーマシンも陸上兵器には敵いませんし、それらすべてが航空兵器によってゴミ屑のように蹴散らされるのがかつての戦場です』
『想像もつきませんわ』
強力な兵器も強化装甲機くらいで、基本は銃などの個人兵装でのドンパチが主だ。東京砂漠などで彷徨う暴走したウォーマシンなど厄災にも等しい存在として知られている。
『今の時代ではそうでしょうね。さらにその上には航宙兵器、宇宙用の兵器であるキベルテネス級や機械種などは出力が桁外れです。それらが地球上で活動すれば大陸を焦土と化すことすら可能……ということを考えれば渚は最低ランクの戦力と言えるでしょう』
『あの……余計に心配になって来たのですけれども』
『けれども兵器としての枠に収めれば最低ランクでも戦力として数えられます。対して一般人は戦力として見られません。1に対してゼロ。それが渚とただの人間との差です』
『相手は旅団ですし武装もしています。一般人ではありませんわ』
リンダの抗議の言葉にクロは首を横に振った。
『だとしても、それはただの武器を持った一般人と変わりません。暴徒と兵士は同じものではない』
黒の言葉にリンダが眉間にしわを寄せる。
『どう違うんですのよね、それ?』
その問いにクロは『精度ですよリンダ』と返した。
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『助かったぜナギサ、またお前には助けられたな』
リンダとクロが渚についてのやり取りをしている頃、カスカベの町の中にあるカスカベアンダーテンプル内では野盗を倒した渚を狩猟者のノックスが笑顔で出迎えていた。
『よぉ、あんたもアレから会ってなかったけど元気みたいだな』
渚もノックスのことは覚えている。リンダと同様にリミナの手ほどきを受けた狩猟者で、アゲオ村で渚がナノマシン治療で助けたひとりでもある。
『しかし、こそこそと変な動きしてる奴らが見えたから来たらこれだよ。いや、間に合って良かったよ、本当に』
そう言って笑う渚にノックスが飛び降りて来た天井などを見てから『ひとりで来たのか?』と尋ねた。
『町の外にリンダは待たせてる。ただ、このマントは一枚しかないし、とりあえずあたしひとりで来たってわけだ。救援を要請しにクキシティへと人はやってるけど、直ぐにはこれねえだろうな』
渚の言葉にノックスが眉をひそめた。
救援はありがたいし、渚がいなければ自分たちが殺されていただろうことはノックスも分かってる。ただ、今後のことを考えれば救援が一緒にきてくれていることがベストであった。
『けど、結構ここまでは結構ザルだったな。見張りもそんなに多くなかったし』
『まあ、そりゃそうだろう。町の方は中央通りを占拠して、住人が動かないように脅しかけてるだけだからな』
そう言ってからノックスは足元を指差した。
『どうも本命はこの地下だ。カスカベアンダーテンプル』
『それってアイテールが採掘できる場所だったよな?』
渚の問いにノックスが『そうだ』と口にして首肯した。
『となるとオオタキ旅団の目的はこの採掘場を奪うことか?』
『無理だな。ここは連中の本拠であるオオタキ地獄村からは離れているし、狩猟者が総掛かりで奪還にでればすぐに奪い返されて終わりだ』
『じゃあ、何が目的なんだよ?』
『知らねえよ』
ノックスが肩をすくめた。
『何しろ俺らはここの護衛任務を受けてるだけで、地下のことはなーんも知らされてねえからな。俺らの知らねえ隠し部屋のことも旅団は知っていたようだし、情報自体はあっちの方が持ってるんじゃねえのか?』
その言葉に渚が目を細めて考え込む。
ノックスたち狩猟者との合流は果たした。であれば、その後はどうするか……それを渚が問う前にノックスが口を開いた。
『でだ。地下にはアンダーシティの管理官たちがいる。狩猟者調査局に依頼された任務はテンプルの防衛と彼らの護衛なんだ。渚、お前はそちらの救出をお願いできないか?』
【解説】
旧文明の兵器:
航宙兵器であるキベルテネス級はかつて地球圏内で戦闘行為を行い文明を滅ぼす一因ともなったが、クロが並んで口にした機械種は惑星自体に致命的な損傷を負わすことが可能なほどの出力を持っている。そのため予め地球圏には近づかぬよう設定されており、文明が滅びた今でも稼働しているが彼らが地球に戻ってくることはない。