第013話 渚さんと降ってきた少女
『で、敵か味方かも分からない状況だけど、助けるでいいんだね?』
『あったり前だろ。なんかあったらそんときはそんときだ』
ミケの問いにそう返しながら、渚は銃声がする方へと駆けていく。
『誰かがさっきみたいな機械の化け物と戦ってんだろ。見捨てて死なれたら後味ワリィっての』
そう渚が嘯く。
人間がいるという言葉を聞いた時点で渚は即座に走り出していた。その足取りに迷いはなく、そんな渚にミケが再度問いかける。
『でもさ渚。これで戦っているのが人間同士だったらどうするつもりなんだい?』
『あ、そういう場合もあるのかよ。え、マジか!?』
その可能性は考えていなかったという顔の渚に、ミケが呆れた顔を見せた。
『いや、考えようよ。そりゃあ当然、機械獣ではない可能性もあるさ。もっとも銃声からして使用しているのは対装甲弾で撃っているのはひとりだけのようだ。となると相手は機械獣の可能性は高いと思う』
『対装甲弾って、あたしが使ってる銃の弾だっけ?』
ミケの言葉に渚が首を傾げる間にも銃声が再度響き渡る。
それは今も戦っている最中ということであり、未だに相手が生きているという証でもあった。
『渚。君のライフル銃もそうだけど、この音は対装甲弾特有のものだ。弾丸は通常のサイズと変わらないけど威力が高いし、威力の割には反動が少ないように設計されてもいる。元々はウォーマシンなどといった装甲の硬い相手とも戦えるように作られたものでね。とはいっても反動を抑えるにも限界があるから、人間だと連射が難しいシロモノだけど』
『あたしの銃と同じ? 確かにガツンとは来るけど、連射できてるぞ?』
ミケの説明に渚が疑問の言葉を返す。
何しろ金属の装甲で覆われている機械獣を倒せる銃弾なのだから、渚も自分が持つライフル銃の威力が相当なものであるのは理解していた。ただ、それでもここまでに反動で照準がブレるようなこともなかったのだ。だがミケは首を横に振る。
『そりゃあ、君の場合は義手が反動をかなり吸収してるんだよ』
『ああ、そういやコイツがあったか』
確かに渚はここまで義手の腕の方でしか銃を握ってはいなかった。
『試しに生身の左手で撃ってみると良いよ。もっとも戦闘技術をインストールされてる君ならそれでもある程度は上手く使えるんだろうけど』
『そういうもんなのか……と、おいミケ。上だ』
渚が何かを発見して声を上げる。
視線の先は正面の岩壁の上。そこにふたつの人影があった。
『二人組か。間に合ったけど余裕はなさそうだ。機械獣の姿は見えないけど、多分彼らの前にいるんだろう』
『おい、マズイ。ちっこい方が落ちるぞ』
渚が叫んだ。
二人組の片方が後ろに下がった拍子に崖から足を滑らしたのだ。もう片方の人物もそれには気付いたようだが対処できず、小柄な人物が崖から落ちていく姿が見えた。
『チッ。間に合えよ、センスブースト!』
次の瞬間に渚が減速空間へと突入する。
『飛ばすよ渚!』
ミケも渚の意図を察知し、間髪入れずに義手を制御してブーストを発動させる。
(ナイス、ミケ。いっけぇえええ!)
そして渚が一気に義手を飛ばして加速させていく。
それは小柄な人物へと弾丸のように飛んでいき、
(よし掴んだ!)
相手が落下する直前に掴むことに成功すると、すぐさまブーストを下へと向けて噴出させて落下の勢いを殺していった。
(アブネエ、ギリギリか)
『うん。問題はないようだね』
それから安全が確認できた段階でセンスブーストを解くと、渚は走って小柄の人物へと近付いていった。
『おい、アンタ。大丈夫か?』
『ど、ドクロ……あ、いえ。ありがとうございます』
そして、返ってきたのは少女の声だった。
マスクのバイザー越しに見える顔は、日本人ではないが少女のものだ。そのことに渚が驚いたが、少女はすぐさま上に向かって指を指した。
『あの、お母さんが機械獣と戦ってて!』
『女の子か? いや、お母さんだって?』
それから渚が少女が指差す方へと視線を向けると、崖の上ではもうひとりの人物が背を向けて銃を構えていた。
その人物は渚が見たとき、一瞬少女を気遣うような仕草をしたが、無事と分かるとすぐさままた銃を撃ち始めた。つまりその先に機械獣がいるのだ。
『上か』
『どうする渚?』
崖上までは20メートルはあろうが、ミケの問いの答えは決まっていた。渚はここに助けるためにきたのだ。
『決まってるな。おい、待ってな』
『え、お姉ちゃん?』
少女が見ている前で、渚は再び義手を上空に飛ばしていく。
『おまえの母ちゃん。ちょっと助けてくるわっ』
そう言って、渚は少女を助けたときと同じように義手を崖の上まで伸ばして一番上の部分を掴むと、繋がっているワイヤーを引き戻しながら一気に岩壁を駆け上がり始める。
『凄いね渚。何の迷いもなく、もう義手を自然と使いこなせてる』
『こんなんはなぁ。勢いだ、勢い。そら、機械獣ともご対面だよってな』
渚はそう口にしながら崖を登りきった。
『は?』
その状況に少女の母親だという人物が驚きの声を上げていたが、渚のテンションは今、非常に上がっていた。
目覚めてから初めて、ようやく己の眼で生身の人間を目撃できたのだ。ミケという相棒はいるものの、それは脳内の妖精のような相手だ。映像だけでしか確認していない基地にいた男たちにも不信感しかなく、そうしたしがらみのない相手、それも助けを求める親子と遭遇するというシチュエーションに渚は今興奮していた。
自分がひとりではないという実感を持てていた。
『で、先にはネズミが5にクマか、ありゃ?』
そして渚の視界に映ったものは、先ほど倒した機械獣と同じネズミ型と、さらにもっと大きな機械獣であった。それらを相手に少女の母親は戦っていたのだ。
『いや、巨大化したネズミ型のようだ。随分と硬そうだし、あれを相手によく生きていたものだよ。とはいえ、このままなら終わりだっただろうけど』
『終わらせねえよ』
ミケの言葉に渚がそう返しながら、少女の母親の横に立った。
『あんた、娘を助けてくれた人だね。ここまでどうやって……ていうのはともかく、どうやら私も助けてくれるってのかい?』
その問いに渚は頷き、それからライフル銃を構えて口を開いた。
『ああ、そうさ。加勢するぜ。あの機械の化け物、ぶっ飛ばしてやる!』
【解説】
対装甲弾:
通常弾では対処できない装甲を持つウォーマシンに対して使用するために作られた弾丸。実のところ、弾丸とはいうもののその構造はロケット弾のソレであり、渚の使用していライフル銃も正しく分類すれば小型のロケットランチャーである。