第125話 渚さんとキャピタル調べ
「ただいまですわセバス」
「うっす、セバス」
狩猟者管理局でライアンからコシガヤシーキャピタルの連絡を受け取った渚たちは特に問題もなく早々に家へと戻ってきていた。そして出迎えたのはいつも通りにバトロイドのセバスであった。
『お嬢様、ナギサ様おかえりなさいませ。ミランダとクロはすでにガレージに戻り、スリープモードで待機しております』
その言葉に渚とリンダが頷く。元々ふたりは狩猟者管理局の用を済ませた後、街でショッピングの予定であったのでミランダとクロにはビークルで先に帰ってもらっていたのである。
「それではナギサ、先ほどの件の話を詰める前にまずは腹ごしらえといきましょう。さあアレをください。アレを!」
「おい、また食べんのかよ? 夕食がはいらなくなるぜ?」
「スイーツは別腹とVRシアターで学びました。問題ありません」
リンダがそう即答すると渚が眉をひそめた。
「いや、それ嘘だからな。実際に別腹なのは牛ぐらいなもんで……って、まあいいけどさ」
そう言いながら渚が右腕のマシンアームをテーブルに向けた。
それから軍事基地で発見したレシピを脳内で検索して選択すると、掌から緑の光を放ってテーブルの上にプルンとした何かが入った容器をアイテール変換で作り出していったのである。そう、それは紛れもなくプリンであった。
「ほらよ。一個だからな。片方があたしのだ」
「ふっふー。VRシアターでしか食べれなかったこれが現実に口にできるなんて。もう一日に一杯は食べないと落ち着きませんわね」
そう言いながらリンダがプリンをパクパクと食べ始める。
それから渚がもう片方の容器を取ると『君はチョコプリンにしたんだね』という声が端末から聞こえてきた。そして画面に映っているのは当然ミケである。
「毎日同じじゃ飽きるしなあ。というかプリンとチョコのレシピでチョコプリンができるって安直過ぎないか?」
『そこを気にしてもね。僕は知らないよ』
ミケが素気無く返すが、渚も気にせずチョコプリンを食べ始めた。ここまで質素な食事が多かったため、普通のお菓子が食べられるようになったことは渚のモチベーションを大きく上げてもいた。
それからふたりがプリンを食べ終わり一息つけると、リンダがそばに控えていたセバスへと声をかける。
「セバス。わたくしたち、明日にここを発ちますわ」
『そうですか。またお仕事ですかなお嬢様?』
「いいえ、違いますわ。首都に用がありますのよ」
『ほほぉ。そうなりますと、緑竜土が完成したということでしょうか?』
セバスの問いにリンダが頷く。緑竜土を使った野菜畑についてはこの建物の屋上を使うことを検討しているため、セバスにもすでに伝えてあった。
『そうですか。コシガヤシーキャピタルとの接触についてアル様が心配されておりましたが、大丈夫でしょうか?』
「そちらも問題ありませんわセバス。お兄様には心配いりませんと伝えておいてくださいな」
『承知いたしました。そうお伝えしておきます』
リンダの言葉にセバスが頭を下げる。それから渚が「首都かぁ」と口にした。
「なあ、リンダ。首都ってどんなところなんだ?」
「そうですわね。わたくしもそれほど足を運んだことがあるわけではありませんが、あの場所には大きなクレーターがあるのは知っておりますわよね?」
「ああ、天国の円環から宇宙船が落下したときにできたってヤツだよな?」
オービタルリングシステムからの宇宙船の落下が結果として地殻変動を起こし、埼玉圏が岩と砂の大地となったのだと渚は聞いている。そしてその返しにリンダが頷いた。
「ええ、そうですわ。そのクレーターの内側にできた都市がコシガヤシーキャピタルです」
「クレーターの中にある都市なんだな?」
「はい。それとクレーターには埼玉海と呼ばれる湖がありまして、藻粥の藻の生産はそこで行われているのですわ」
それには渚のみならず、端末に映っているミケも『へぇ』と声を出した。
まったく美味いとは思えぬ味だが、藻粥は埼玉圏民のソウルフードのようなものだ。他に食べられるものが少ないだけ……という事情はあるが。
「それにクレーターの中心にはアースシップという巨大な天遺物がありまして、そこがコシガヤシーキャピタルの本拠地となっておりますの」
「へぇ。あれ、クレーターがあるってことはさ。コシガヤシーキャピタルのアンダーシティってどうなってんだよ?」
「首都にはアンダーシティはありませんわ」
「ない?」
リンダの返答に渚が首を傾げた。
各都市はアンダーシティからのナノミスト散布によって瘴気を退けているから普通に生活ができているのだ。それがないということは、ヘルメット無しでは生活できないのではないか……という懸念が渚の中に生まれたのだが、リンダはすぐさま答えを口にした。
「ええ、アンダーシティの機能をアースシップが代わりに担っておりますのよ。だからコシガヤシーキャピタルにアンダーシティはありませんし、そもそもアンダーシティとコシガヤシーキャピタルは互いに不干渉と取り決めてもおりますの」
『おや、そうなのかい? 騎士団を見る限りでは各都市とコシガヤシーキャピタルは協力関係にあるように見えたけどね』
ミケの指摘にリンダが「その通りですわ」と返した。
「ですが地上の都市とアンダーシティはイコールではありませんのよミケ。地上の都市はアンダーシティとコシガヤシーキャピタルのふたつの組織から同時に支配されていると考えれば大体間違ってはいませんわね」
その言葉に渚が眉をひそめる。
「ふーん。それってよく喧嘩にならねえな」
「コシガヤシーキャピタルは地上都市をまとめ、各アンダーシティは地上都市とアイテールと取引をしている関係なんですのよ。互いの利益がぶつからないから共存できているわけですわね」
その言葉に渚が眉間にしわを寄せながら「なるほど」と頷いた。
「それとキャピタルを支配しているのはガヴァナーと呼ばれる方です」
「ガヴァナー?」
「はい。かつては王政を敷いていたので王を名乗っていましたが、現在はガヴァナーと称されていますわ。騎士団の名称は王政の頃の名残であると聞いています」
リンダの言葉に渚とミケが口を挟まず話を聞き続けていく。
「対してアンダーシティを管理しているのは各都市の市長ですが、実際に都市を制御しているのはオラクルと呼ばれる支配型AIです」
『オラクルね』
ミケの呟きにリンダが頷く。
「そうですミケ。オラクルによる人ならざる存在の管理下だからこそアンダーシティは地上が崩壊した後もこうして生き残っているのです。オラクルこそがアンダーシティそのものと言っても過言ではありませんわね」
【解説】
オラクル:
予言、神託などを意味する名を持つAIで、アンダーシティの制御は支配型と呼ばれるオラクルを頂点とした各種AIたちが行っている。




