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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
第1章 狩猟者(ハンター)への道
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第012話 渚さんと迷子のドライブ

「また、袋小路かよ」


 渚がそんな嘆きの声を呟きながら、ビークルをバックさせていく。

 窓ガラスの外に見える光景は岩、岩、岩であった。

 幾層にも段差がある岩の壁に覆われた道なき道を渚はビークルに乗って進んでいた。進めど進めど己がどこにいるのかも分からずもう何時間と走っているが、何しろ路面の状態は最悪でその移動速度は歩きとそう大差ない状態で、それほど距離を移動しているようにも思えなかった。


「ハァ。なあミケ。そろそろここがどこだか分からないか?」

『残念ながら駄目だね。端末の地図を見る限りでは恐らくは埼玉北部の岩場のどこかなんだろうけど、目印もないし、この浄化物質の霧の中では位置がほとんど分からないんだよ』


 ミケが渚の肩より伸びた補助腕サブアームでタブレット端末を操作しながらそう返す。何度となく繰り返したその問答は、やはり同じような答えしか返ってこない。


「つかさ。所詮埼玉だろ。県ひとつじゃねえの。この速度なら正直歩いた方が早いよな?」

『確かに土地勘もない僕たちでは、このままなら歩いた方が速度は出るかもしれないね。けれど、この車を手放せば食料や水に、武器や寝床も同時に失うことになるよ』

「それは困るよなぁ」


 渚が再度ため息をつく。

 渚もビークルを置いて、さっさと先に進もうという気はない。

 今の何もない己にとって、この車の中だけが自分のテリトリーだ。


『最悪この車は置いて、最低限の荷物を持ってあのバイクで移動するという手もあるけどね。あれならかなりの悪路でも進めるから、こういう岩場もさっさと越えられるだろうし』

「バイクって後ろに一輪のヤツか」

『後、ビークルの後ろにも付いてるね』


 一輪バイクは車内の奥の物置にひとつ、予備タイヤのように外にもひとつ付けられている。


「あれ、なんか転びそうな形してるよな」


 渚がそう言って、チラリと後ろを向いて一輪バイクを見た。そのバイクは渚のバイクと認識している二輪のものよりも小さく、また横幅のあるタイヤがひとつあるだけある乗り物だ。ミケがいうには、現在は(とはいっても六百年以上前ではあるが)こちらが標準的なものなのだということだった。


『そう見えるけど、あのタイプは強力な角速度ジャイロセンサーが積んであるから、起動している限りはほとんど倒れないんだよ。まあ、後で乗る練習もしておこう。どこかで必要にはなりそうだしね』

「お、そりゃあ面白そうだな」


 ミケの提案に少しだけ笑った渚だが、そう話し合ってる間もビークルが進む速度は緩やかだ。路面はデコボコでとてもではないが速度は出ないし、進んだ先は袋小路も多い。

 基地近辺から逃げ出して翌日。やみくもに進んだことで現在地がまったく分からなくなった渚は、恐らくは埼玉であろう地をさまよっていた。


「しかし、砂漠を超えたら見渡す限り岩ばかりとかさ。どう見ても日本の光景じゃあないっての。あれだろ、多分ギアナ高地とかだろ、ここ?」

『その名前、記録している辞書の検索にひっかかったけど、どうも随分前に消滅しているみたいだね』

「マジかよ。どうなってんだ、この世界?」


 渚が嘆きながら道の先を見る。全天球型監視カメラのフィルタリング機能により霧の先も肉眼よりは遠景も見えている渚だが、それでも先が白い霧に覆われ続けていて何があるかがほとんど分からない状態だ。


「まったくさ。GPSとか現在地を調べるシステムとかないのかよ。未来なんだろ?」

「現在地を確認するならRNSというものがあるけど。今も動いているかは分からないし、たとえ使えてもさ。ほら空を見てみなよ」


 その言葉に従って渚が空を見上げると、そこは正面同様に霧に覆われて真っ白であった。


『ただの雲程度なら問題ないんだけど、浄化物質の霧で遮断されている今だと動いているかどうかも分からない』

「無線妨害に続いて、そっちもか。なんなんだよ。浄化物質って」


 渚はまるで霧の檻の中に閉じ込められたような気分に陥っていた。

 けれども、ミケもその問いには返せる答えを持っていない。それらの情報はすべて基地と共に消失しているためだ。


『その情報は今の僕の中にはないんだよね。残念ながら』


  その返しに渚が「わーってるっての」と言って頭をかきながら、霧の中に見えたものを指差した。


「お、またあったぜ。砂漠を過ぎて岩場ばかりになって、おまけにアレだ。なんで、あんな鉄のデッケエ塊がそこらかしこに落ちてんだよって話だよな」


 岩場に突き刺さった形で何かしらの建造物の巨大な欠片がところどころにある。

 そうした奇怪なモニュメントは、ここに来るまでにもそこらかしこに大地に突き刺さった形で点在しているのを渚は確認していた。


『予想はできるけど、まだ言える範囲ではないね。僕も情報が足りない。それよりも渚、またお客さんが来たようだよ』

「ああ、くそっ。まったく、未来様様だな」


 渚がブレーキを踏んですぐさまビークルを止めると、横に置いてあったドクロの形に似たヘルメットを被り、ライフル銃を手に取るとすぐさま外へと飛び出した。ビークルを攻撃されては寝床すらも危うくなるのだ。近付かれる前に、対処せねばならない。


『ミケ、あれってネズミか? 数は五匹だな』

『大きさ的にはモルモットぐらいかな。朝に来たのは猪型が一度に昨日と同じ犬型が二度だ。やはり皆動物を模しているようだね』


 その言葉に『剥き出しの機械じゃ可愛くねえなあ』と返した渚だが、表情には少しばかりの余裕があった。何しろ本日三度目の襲撃であり、己が機械獣を相手に問題なく戦えていることはここまでの戦闘で理解できている。

 だから渚も初めて遭遇した機械獣に対しても気後れすることなく、慣れた手つきでライフル銃を構えた。


『そんじゃあ行くぜ。センスブースト!』


 渚がそう口にしてチップの能力を発動させると、周囲の時間が遅くなっていくような感覚が渚を支配する。


『わざわざ口にしなくてもいいのに』

(うっせぇ。気合いが入るんだよ)


 ミケのツッコミに渚は心の声で返しながら、加速する時間の中で慎重に、弾道予測線にそって自分に迫ってくるネズミ型機械獣へと連続で射撃を行っていく。通常時間で考えれば狙ったとは思えぬほどの連射であるが、センスブースト中の渚にとっては放った一撃一撃は正確に狙ってトリガーを引いたものだ。当たるという確信があった。


(って、マジかよ!?)


 けれども放った弾丸が命中したのは三体のみ。残り二体は銃弾を掠めこそしたが、ほとんど勢いを衰えさせることなく渚へと近付いてくる。


(二体も外した? 予測通りには撃ってるんだけどな)

『銃撃に対する回避プログラムが走っているようだね。解析はしてるけど、まだこっちも対応しきれていない。それよりも二体なら僕に任せてくれないか渚?』


 そのミケの提案に渚が(ああ、アレか)と心の声を返す。


(任せたミケ。頼んだぜ)

『うん、任せて。それじゃあセンスブースト接続解除と同時に補助腕サブアームを起動する。近付いてくるネズミに驚かないようにね』


 そしてミケの言葉と共に渚の時間の感覚が戻り、次の瞬間には渚から見れば加速したようにしか見えないネズミ型機械獣たちの突撃が迫ったが、それらは渚に届く前に空中で静止した。


『うおっ!?』

『うん。問題なし』


 後一歩というところまで接近されたことに渚は少しばかり表情が固まったが、ミケにとっては想定内だ。飛びかかったネズミ型機械獣はどちらも二本の補助腕サブアームによって貫かれていた。


『なんだよ。全然上手くいったじゃねーか』


 その様子に安堵の息を漏らしながら、渚はネズミ型を突き刺した二本の補助腕サブアームの先を見る。そこにあるのは緑の光を発する金属の牙だ。アイテールの供給が切れたことでその緑の輝きも消え始めているが、それはアイテールライトと呼ばれる輝きであった。

 

『当然だよ。不安があるようなら、そもそも任せてくれなんて言わないさ』


 一方でミケは、渚の横でなんでもないという顔をしながら尻尾を揺らしていた。


『当然って言ってもさあ。よく使えたもんだって思うぜ。だって、あのライオンっぽい機械獣のもんだろ?』


 渚の言う通り、補助腕サブアームの先にある牙の正体は基地内で倒した獅子型機械獣のものだ。そして、回収していたソレを補助腕サブアームに繋げることを提案したのはミケであった。


『別にそれほどおかしなことではないよ。補助腕サブアームと機械獣は同一規格だから接続は問題なかったし、制御プログラムを組んでアイテールの供給さえしっかりとできれば正常に機能するのは当たり前の話なのさ』


 そのミケのドヤッというような顔に渚が肩をすくめる。

 渚が回収していたその牙はアイテールを供給することで破壊指向のアイテールライトを放出し、義手のバスターモードやタンクバスターモードのような威力を発揮する機能を保持しているものだ。

 基地では渚の義手の出力の方が高かったから獅子型機械獣も倒せたものの、ミケの説明によれば分厚い鉄の装甲すらも貫くシロモノであり、現に本体は消滅したものの牙だけは渚の義手を貫いて残っていたのだ。


『なあミケ。あの獅子型のって結構やばいやつだったんじゃね? 他のに比べて格が違うっていうかさ』

『だろうね。初手で仕留められてなきゃ、普通に殺されてたよ』

『ああ、やっぱりか』


 ミケの当然だと言わんばかりの返答に、渚がブルッと震える。

 タンクバスターモードのゴリ押しで勝てたものの、知識がなかったから気付けなかったものの、あの戦いは色々とギリギリのものであったのだと渚は今更ながらに察した。

 もっともそのことにさらなる考えを巡らせる前に、渚の耳にパンパンパンという乾いた音が入ってくる。


『なんだ?』


 渚が咄嗟に周囲を見渡し、音の出元を探すが反響して分からない。浄化物質の霧は通信機能や視界だけではなく、音もまともには通さないのだ。


『おいミケ。今の音って、もしかして?』

『うん。銃声だね。間違いない。どうやら南西からのようだ』


 一方でフィルタリング機能により、霧の中でもミケはある程度は把握ができるようだった。そして、ミケの言葉と共に渚の視界に音の発信源を示したタグが表示される。それからミケが渚の顔を向けて口を開いた。


『さあ、どうしようか渚。ようやく人間とご対面できそうだけど、会うかい? まあ、手遅れでなければ……ではあるけどさ』

【解説】

浄化物質:

 浄化物質とミケが呼んでいるだけで、何を浄化しているかについては分かっていない。光、音など伝達する手段全般を遮断しているようで生身の人間に対しても毒性を持っている。渚は基地を出た際にミケからナノマシンを投与されていたため無事だったが、高濃度の浄化物質の霧は生身の人間の命をたやすく奪う。

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