第115話 渚さんと狙撃銃
カワゴエシティに到着した翌日。
渚たちは特に街に滞在し続けることもなく早朝に外へと出て、さっそく緑竜土探索を再開していた。
いつも通り渚とリンダがビークルの上で警戒し、ブレードマンティスのクロと一輪バイクに乗ったルークが並走し、また同乗しているウルミも補助外装を装備してビークルの上にいた。
そして渚がすでに瘴気の霧で見えなくなったカワゴエシティの方角を見ながら口を開く。
『ちょっと通っただけだけど街の中自体はあんまクキシティと変わんなかったな』
外周は鉄の壁に囲まれ、鉄板で補強した建物が建ち並び、中央は比較的綺麗な建造物が多いという……それはクキシティやアゲオ村に近いものであったし、街中の様子もあまり違いがあるようにも見えなかった。
『まあ、そりゃあな。別に各街ごとの特色なんてそんなにあるもんじゃあないさ。首都はともかくな』
ルークの言葉に渚が首を傾げるとウルミが口を開いた。
『確かに首都はアンダーシティに依存しない都市だからね。根本的に作りが違うわ。それにキャピタルの本拠である埼玉海に浮かぶアースシップから伸びたアポロンタワーは見応えがあるわよ』
『埼玉海? アースシップ? アポロンタワー?』
その言葉の意味するところが分からない渚に、ウルミが少しだけ笑う。
『まあ、緑竜土を手に入れたら来てもらわないといけないし、実際に見た方が良いわね。初めて見るなら見応えがあるでしょうし』
『お、おう。けど、終わったら? 何か用事あったっけ?』
『ナギサ、あなた野菜を育てるんでしょう。種もそうだけどレクチャーも必要よ。ノーミン様方の指示も仰がないといけないし』
『ノーミン様?』
『失われた技術である農業を研究している方々をノーミン様というのよ』
その言葉で渚は(ああ、農民か)と理解した。現在の埼玉圏において農業に携わるということは相当に特別なようであった。それからルークが『そういえば』と口にする。
『街の違いというとカワゴエアンダーシティとオオミヤアンダーシティの地下は繋がってるって話があったな』
『え、それ本当なんですの?』
その話題に驚きの顔で食い付いたのはリンダだった。それは以前にアンダーシティに住んでいたリンダにとっても意外な話だったということだろうが、対してルークは肩をすくめる仕草を返す。
『いや、確証はないし噂のひとつだ。まあ、元々アンダーシティ同士は地殻変動前は地下で繋がっていたって話だから、今も生きている通路があっても不思議じゃあない。地上暮らしの俺らにゃあ関係のない話ではあるけどな。ちょっと以前にそんなことを耳にしたのさ』
それが事実かはオオミヤかカワゴエのアンダーシティに入れなければ分からないことだし、どうやら確認は取れていないようである。それから渚がウルミに尋ねる。
『そうだ。ウルミさん、ケイたちは一緒に来ないって言ってたけどさ。あいつら緑竜土探索はいいのか?』
その渚の言葉の通り、騎士団と共同とされたこの緑竜土探索に同行しているのはウルミだけであった。従騎士団も一緒に来ると思っていた渚にとっては肩すかしを食らった気分であった。
『あの子たちは今回の探索から降ろされたのよ。全滅しかけたこと、ケイが強化装甲機を壊したこと、それに任務に狩猟者を雇ったことが問題視されてね。カモネギ従騎士団は任務から外されて今は謹慎待機』
『あれ、そうなのか。けど、百鬼夜行との遭遇は仕方なくないか? 聞く限りじゃあどうしようもなかったと思うんだけど』
カモネギ従騎士団が百鬼夜行と遭遇したのは偶然で、確かに危険であったのは事実だが、不可抗力であったことは否めない。そう渚が思ったのだが、ウルミは首を横に振った。
『だからよ。そういう危険性があるから上は建前を付けて彼らを今回の任務から外したの。あの子らは騎士団の次代を担うから今回は安全を考慮したのでしょうね』
ウルミの言葉に渚もなるほどと納得の顔をする。
邪険に扱われたのではなく、守るための処置だと。
『んーそういうことか。じゃあ仕方ねえか』
『ま、いい経験だったとは思うわよ。全員生きていたわけだし。死んでなきゃ何にだってなれるわ』
ウルミがそう返す。それはここまでに多くの仲間を失ってきた者故の言葉であった。そこにルークが『で、ウルミさん』と声をかけた。
『あんた、今回強化装甲機に乗ってきてないのは同じように罰か何かなのか?』
その問いに対してウルミは腰に下げた刀を見せた。それはウルミが倒したブレードマンティスの鎌からこしらえた武器だ。
『大丈夫。私にはこのアイテールブレードがある。それに私のシータは今おやっさんにバラされてメンテ中なのよ。戻って来る頃には使えるようになっているといいけど……調整次第ではもう少しかかるでしょうね』
『ああ、そうか。まあ、なんかあったらウチの強化装甲機使えよ。アイテールソードもついてるしな』
渚が気軽にそう返した。
強化装甲機は強力ではあるが、通常の戦闘では必ずしも必要とはしないものだ。騎士団においてもウルミのような近接戦闘メインは異端であり、主流となるのはガトリングなどによるコスト度外視の圧倒的な火力による圧殺である。必要があれば渚も使用するつもりはあるが、常時動かしていては収支がマイナスとなってしまうので、使いどきは選ばざるを得なかった。
『けど、ガンナーズパックとソードマンズパックにガトリングレーザーもありますわよ。ちょっと荷物も増えてきましたわね』
『ええ。動き辛くなりますし、絞っておいた方が良いと思いますが』
リンダとクロがそれぞれそう口にする。以前に比べて装備も増えて来たし、その分ビークルも狭くなっていた。そして、それには渚もさすがにそうだな……とは思ったものの、
(だとすれば、馬力を上げてビークルの積載量を増設するものを付けるとかできないかな? 街に戻ったらデウスさんに聞いてみるか?)
考えていたのは現状を維持し続けるためにはどうするべきかということだった。荷物を下ろす気はないようである。
そして一行は先へと進み続け、カワゴエシティを出てから六時間を経過したところでミケが機械獣の接近を渚に告げたのであった。
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『機械獣だ。ミランダ、停めてくれ』
ミケの警告を聞いた渚がミランダに声をかけてビークルが停まり、それからルークもバイクをその場で停めた。その様子にウルミが目を細めて正面を見るが、常人の目では瘴気の霧の先を見ることはできない。ウルミのヘルメットには若干のフィルター効果が付いていて、ただ目で見るよりは視認できる仕様ではあるが、やはり機械獣の姿は捉えられていなかった。
『この先にいる機械獣が見えているの? マシンアイも仕込んでいるのかしら?』
『まあ、似たようなもんだな。ルーク、気付いてないみたいだしあれなら狙撃で狙えるんじゃないか?』
『相手はスケイルドッグか。ナギサ、レーザー狙撃銃を貸すからお前も手伝え』
ルークの言葉に渚が『あいよ』と答え、ビークルの上に積んであったレーザー狙撃銃を手に取ると銃口を霧の先に向けて構えたのであった。
【解説】
レーザー狙撃銃:
アイテールライトをレーザーとして射出する狙撃銃である。
銃弾は必要とせずアイテールを供給するだけで撃つことができ、重力や風などの影響がなく直線に狙えるために扱いやすくはあるが、反面コストパフォーマンスはよろしくない。
瘴気内では威力が減衰しているのだが、機械獣を仕留める程度の出力は維持できている。




