第114話 リンダさんと新たな力
カワゴエシティ内のコエドベースの中にある訓練場。今はもう夜だというのに、そこでは騎士団や従騎士団の面々が個別の訓練を行っていた。埼玉圏最大の武装組織である騎士団の実力はただ強化装甲機に依存しているものではなく、個々の技量を高め合うことでその質を向上させ続けている故のものだとよく分かる光景だった。
そんな団員たちが集まっている場所より少し離れた訓練場の隅で、彼らが訓練を止めて思わず眺めてしまうような状況が発生していた。
夜の薄暗がりの中を四つの緑色の光がその場で揺らめき、宙に帯を造ってはぶつかって火花を散らしている。もっともその幻想的な光景は不可思議な超常によるものでも、観賞用のモニュメントでもなく、ちゃんと物質を伴った存在同士のぶつかり合いによって生じているものだ。
そして、そのぶつかり合う存在の片方は機械獣、黒いブレードマンティスだ。その中身はサポートAIであるクロが操作しており、識別確認のために狩猟者管理局のマークを前後左右から見えるように複数表示させてもいた。
『ふむ。なかなかよろしいかとリンダ』
また、もう片方はクロの宿主であるリンダだ。
今の彼女のマシンレッグからは左右それぞれにクロの操作するマンティスのものと同様の緑に光る刃が出ており、合わせて四本の刃がその場で緑光の軌道を描きながらぶつかり合い、幻想的な光景を生み出していた。
無論、それは見世物というわけではない。訓練場内ではその光景を驚きの顔で見ている団員たちが多数いたが、リンダとクロが行っているのは訓練であった。それはクロの機体の制御の訓練とリンダの新しい戦闘スタイルの訓練である。
「まったく……ちょっとこれは、動きが激しいですわね」
現在のリンダは逆立ちの状態でクロと斬り合っていた。見た目からすればカポエイラという格闘技に近いかもしれないが、繰り出されるのは蹴りではなく斬撃だ。またリンダの身体には報酬として譲り受けた上半身分の補助外装が装着されており、サイバネストならではの体幹の良さと合わさり、まったくバランスを崩すことなくリンダは蹴りからの斬撃を繰り出し続けている。
『補助外装も問題なく機能しているようですね』
「ええ。片手でも支えられますわよ」
リンダがそう言いながら左腕のみで逆立ちをしながら右腕でサブマシンガンを撃ち鳴らす。中身は空砲だが情報共有しているクロにはその軌道が計算されて、己の腹部にヒットしたことを把握していた。同時にリンダがその場で飛び上がり、駒のようにクロへと襲いかかった。
『見事です』
そして、クロの言葉と共に機械獣ののど元へとアイテールブレードが寸止めされていた。銃撃によろめいた挙動をしたクロの隙をついて、リンダがトドメの手前にまで刃を届けさせたのだ。
『リンダ、あなたの勝利です。対ブレードマンティスの訓練プログラムを終了します』
「ハァ、ようやく勝ちましたわ」
リンダがそう言ってがっくりと膝をつきながら、大きく息を吐いた。
ここまでの対戦戦績一対十九。だが、ブレードマンティスという強敵に手が届いたのだから、それはリンダにとっての大きな一歩だった。
コエドベースについた日の夜、バーナードにブレードマンティスのアイテールの鎌をマシンレッグに装着させてもらったリンダはこのようにクロと訓練を行っていたのである。
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「なんだかんだ言ってリンダの姉ちゃんも結構強いよな」
そしてクロとの模擬戦も終えて休憩室で休んでいたリンダに声をかけてきたのは従騎士団のビィだった。
「あらビィ。子供はもう寝る時間じゃありませんこと?」
「勘弁してくれよ。反省文と報告書書いてたらこの時間だぜ。少しは身体を動かしたかったんだけどな。あんな派手にやり合われたら、見入っちまうよ」
『まあ、確かに注目を浴びていたようですね』
横にいるクロがそう口にした。
渚の内部にいるために騎士団には秘密になっているミケとは違い、クロは自身を機械獣の制御AIと偽装することで表に出ていた。またクロが取り憑いているのは近接戦では手に負えないと言われているブレードマンティスだ。ただ命令されるままに動いているよりは、コミュニケーションが取れるAIが操っているという方が周囲には安心感があるようだった。
「そうでしたの。まあ、けれども早くこれにも慣れておかないといけませんし、人目を気にしてもいられませんわ」
リンダがそう言って自分の足を撫でる。
それはマシンレッグ『ヘルメス』だ。渚と出会った当初に比べると、クロが住み着き、リンダ自身がセンスブーストや弾道予測線も見えるようになり、ブレードマンティスの刃も左右の足それぞれに装着し、さらにクロを経由してブレードマンティスの攻撃パターンもインストールし終えていて、さらなる強さを手にしていた。
結果として現在のリンダはブレードマンティスに斬撃と同時に銃撃を行うことも可能とし、たった今クロが操作しているとはいえ、ブレードマンティスを仕留めるところにまで至っている。目立った戦績こそないものの、リンダも渚に及ばずとも劣らぬ成長を見せていた。
「ナギサも大概だとは思ったが、リンダの姉ちゃんも化け物並みだよな。将来的にウルミの姉ちゃんみたいになりそう」
「そんなつもりもないんですが、けど……実力が付いてきているというのは嬉しいですわね」
少し前までは近接戦など馬鹿のすることと思っていたリンダだが、短時間ではあるがセンスブーストとアイテールブレード二刀流を組み合わせれば、スケイルドッグクラスの機械獣ならば一対多数でも圧倒できるという実感はあった。さらに今のリンダはブレードマンティスという強力な機械獣を使役している状態だ。それだけでも狩猟者としては破格の戦力を有していると言えた。
「まあ、あの子と一緒にいるなら、これぐらいはできていないと置いてかれそうですしねえ」
「ナギサはまあ、なんか違うのは分かるよ。ルークはよく分かんねえけど」
ビィの言葉にリンダが少しだけ乾いた笑いを浮かべる。
ここに至るまでにビィはルークの戦闘をほとんど見てはいない。だが、ルークの長距離射撃は最初にビィたちがチワワたちに襲われていたときにも活躍していたし、実際ベテランである彼の力にリンダたちは助けられているのだ。
「やる人ではあるんですのよ。ちょっと軽薄そうですけど、それは見た目だけで……ちゃんと考えて行動できる人ですわ」
「まあ、中身はそうだけど見た目チャラそうだもんアイツ。何かもっとしっかりしろって思うんだけどさ」
そう言ってビィが笑い、リンダも苦笑いをした。
ルークの格好は溺愛している奥さんのコーディネイトとのことで、頑なに変えようとしないのは管理局内でも有名な話であった。奥さんの説得が必要なのだろうなぁ……リンダはそう考えながら「まあ、確かにチャラいのは事実ですわよねえ」と返した。
【解説】
補助外装:
パワーアシストスーツの一種で、こちらは量産可能なため従騎士団の団員たち全員にも支給されている。あくまで補助具であり、重いものを持ち上げたり、長時間走れたりはできるが、人間の可動域を超えた挙動はできない。