第110話 渚さんとゴートゥカワゴエ
「ふぅ。ようやく落ち着ける」
そんなことを口にしながら渚はビークルの中でドクロメットを取った。
渚が被っているドクロメットの性能は優秀で、渚の骨格に合わせてストレスがないように可変し、かいた汗も吸収して不快な感じもほとんどしないような仕様なのだが、それでも閉塞感があるのは否めない。
そして渚が今いるビークル内部には崖下から運ばれたアイテールインゴットやパーツがところせましと積み上げられてもいる。持ち運べるものは持ち運び、持ちきれぬパーツは全て埋めたことで出発の準備も整い、渚たちはカワゴエシティへと向かい始めていたのだ。そして渚はウルミと共に動き出したビークルの中にいた。
そのウルミもヘルメットを取って深呼吸をしている。現在いるメンバーの中ではウルミがもっとも体力を消耗しているために、彼女は渚と共にビークル内で休むことになっていたのだ。
「さすがに一晩土の中だったからちゃんと休めるのはありがたいわ」
「まあ、そうだろうな」
渚が苦笑しウルミも笑ったが、渚の顔を見てウルミが「ん?」と口にして眉をひそめた。
それからウルミが渚を覗き見るような動きをすると、その反応に渚が首を傾げる。実のところ、ウルミの顔はバイザー越しに渚には見えていたのだが、渚の顔はドクロメットによって隠されていたためにウルミは初見であったのだ。
「ウルミさん、なんだよ?」
「いや……お前、その顔……」
「ガキっぽいってんなら言われ慣れてるよ。けど声と身長でそんなの分かりそうなもんじゃね?」
予想以上に子供っぽい外見に驚いたのだろうと予測した渚の返しに、ウルミはなんとも言えない顔をして、それから首を横に振った。
「そうじゃあないのだけれど、ちょっと知っている顔に似ていてね」
「知ってる顔?」
「渚もヤマト族だもの。似ているのは別にそれほど特別なことではないと思うし、気にしなくていいわ。うん」
ひとり納得したという顔のウルミに渚は首を捻りつつも「まあ、いいか」と口にして、現在の車内で唯一スペースを空けられている椅子を指差した。
「じゃあ、あんたはそっちの椅子にでも座って寝ててくれよ。私は飯食って休んだらまた外と交代するし」
「分かった。何から何まで本当に助かる。ありがとう」
ウルミはそう言うと、防護服を緩めて着崩しながら椅子に座って横になった。
「ああ、それと飯は……って、もう寝たのかよ。早えな」
続けてエーヨーチャージの保管場所を説明しようとした渚の前で、ウルミは一瞬で寝息を立てていた。それは十秒にも満たぬ早業であった。
「なんだよ。どっかのメガネ君の得意技みたいなことすんのな」
『彼女はサイバネスト処理を受けているからね。そういうこともできるんだろう』
渚の脳内でミケがそう口にする。
ウルミやケイ、ビィがいるために現状ではあまり声をかけてはこないが、ミケはいつも通り渚の視界に映っていて、今もアイテールインゴットの上で毛繕いをしている動作をとっていた。そのミケに渚が心の中の声で(サイバネストねえ)と返す。
(それってリンダたちもあたしもそうなんだろ。ということは今の瞬間早寝は私もできるのか?)
『そういう風に設定すれば……健康を考えればあまり推奨はしないけどね。それと正しく言えば君はサイバネストとは違う。サイバネストと同じ処理は可能だけど』
(違いってなんだ?)
渚の機械の右腕であるファングはルーク曰く遺失技術であり、彼らの使っているマシンアームとは違うものだとは聞いている。
また渚の脳内にあるチップもリンダたちにはない。
『サイバネストは外科手術で脊髄にインプラントを打ち込んでマシンの義体と接続する機能を手に入れた人間のことだよ。一種の改造人間だね。本当は義体との接続が主な機能ではないはずなのだけれど、この時代ではあまり活用されてはいないようだ。そして君の方はと言えば脳内チップは君と一心同体のものであり、それを介してファングを操作している。接続しているという点だけで見ればサイバネストと同じではあるけど、外科手術で手に入れた機能よりも安定性は比較にならないほど高いし、スペックも比べ物にならないよ』
(ふーん。けど、そこだけ言われてもピンとはこないな)
ミケの言葉は渚には体感し辛いものだった。
確かにチップのおかげで色々と便利なのは間違いないが、それでリンダやルークと極端に違うかといえばそうではないように思える。逆の視点からすればまた違うのかもしれないが。
『君の感覚からすれば、そうかもしれないね。まあ、普通に過ごす分には違いは見えにくい。サイバネストとノーマルな人間の差だってあまり分からないだろう』
(確かにそうだな)
『それで話は戻すけど、彼女は五体に欠損はないようだけどサイバネスト化を行なっている。それは強化装甲機を操作するためのものだろうけど、リンダたちのようにマシンパーツの制御だけではなく、ある程度の機能は使いこなしているようだね』
(そういうことができるのが騎士団ってことか。強化装甲機なぁ)
強力な火器を扱うことができる3メートルほどのパワードスーツ。それはコシガヤシーキャピタルという組織の騎士団と呼ばれる軍隊の主武装だ。
(そういえば、うちの強化装甲機をケイたちは欲しがってたな)
『けれど、くれてやる気はないんだろう』
(まあな。大型を相手にするときには必要になるだろうし、ジャイアントスカラベにしてもレールガンが使えていたら戦況だって変わってたんだろうしさ)
前回の戦闘ではガンナーズパックの複座席に乗る余裕がなかったために、レールガンの使用はできなかった。もっとも実際に使っていた場合、崖が崩れていた可能性もあるが。
「で、次に向かうのはカワゴエシティか。知らない場所に向かうってのはワクワクするな」
『そうだね。まあ、注意は怠らないようにね』
ミケの警告に渚は頷くとそれからエーヨーチャージを保存庫から取り出して食べた。
そして一行は道中に三度ほど機械獣の襲撃を受けたが撃退し、翌昼にはカワゴエシティに着いたのであった。
そこはクキシティやアゲオ村と同じように、周囲に強固な鉄の壁に囲まれた街であり、渚たちはウルミの先導で門番のガードロイドの検査を抜けて、街の奥にある施設へと到着した。その名はコエドベース。それはカワゴエシティ内にある、コシガヤシーキャピタル所有の軍事基地だった。
【解説】
コシガヤシーキャピタル:
埼玉圏を実質支配下に置いているように思われているコシガヤシーキャピタルだが、各シティとは完全な上下関係にあるわけではない。
特に地下に存在している各アンダーシティにとってコシガヤシーキャピタルとはあくまで地上部の街の統制をとるためのまとめ役として『容認しているだけ』の存在である。
 




