第011話 渚さんと百鬼夜行
『やった。おい、やったぞミケ。見てたか?』
ライフル銃を下ろして立ち上がった渚に、ミケも『上出来だよ』と返して頷く。機械獣はすでに倒れ、再度動く気配もない。
『どうやら想像以上に君の適応能力は高いのかもしれないね』
『おうよ。へへ、バッチリだったな』
そう言って笑いながら、渚は先ほどの頭の中で蘇った光景を思い出した。
(確かにあれは……姉さんだったよな)
姉の姿はおぼろげで顔も分からなかったが、先ほど思い浮かんだものは、恐らくかつての自分の記憶だと渚は確信していた。そこには銃を持って戦う自分がいて、そばには姉がいたのだ。笑顔を見せることはなかったが、自分を気にかけてくれていた優しい姉の存在を感じていた。
そのことを思い出しながら、渚がミケを見る。
『なあミケ。どうもあたし、以前にもこういうのやったことがあるみたいだぜ。実際に構えてみてビビッとなんか思い出した』
渚の言葉にミケが意外そうな顔をした。
『そうなのかい? 基地で君のプロフィールを見た僕にそういう認識はなかったようだけど』
今のミケは、渚が平和な時代に生きていた人物だという認識しか持っていない。それは基地内にあった渚のプロフィールデータから判断したもので、そのプロフィールデータですら今のミケは保持していないのだから再考も不可能な状態だ。
『いや、けれど実際に本人がそう認識してる上に今の手並みなら……基地での僕の評価の方が間違ってたということかな』
ミケが首を傾げながら、そう口にする。
『それに銃を扱っていた経験か。平和な時代でもスポーツでの射撃もあったようだし、そういうものでも君はやっていたということかな?』
『さあ? なんか敵とは戦ってたみたいだぜ。どうもあたし……FPSっていうのをやってたっぽいんだよな。まあ、意味はよく分かんねえけど』
渚が自信なさげにそう返す。
とっさにゲームのことだと言おうとしたのだが、姉の言葉が反射的に頭の中に蘇ったのだ。FPSは遊びじゃない、戦場そのものなのだと。
いつも無表情だった姉が確かにそう言っていたという記憶が渚の中にはあった。そして、今の渚にとって姉の言葉は絶対であるように感じられていた。
『ともかくさ。昔似たような経験をしてたってのは確かだと思う』
それからミケが目を細めて『エフピーエスね』と口にする。
しかし、その言葉の意味がミケには分からない。チップ内の辞書機能で検索しても渚の口にしたFPSと一致するものはなかった。
『フレームパーセコンド……のことではなさそうだし、何かの形式番号かな? まあ君がその手の扱いに慣れているのならその方がありがたいし、行動によって記憶が蘇ったというのなら積極的に動いてみれば他にも思い出せることはあるかもしれないね』
『おお、なるほどな。そういう可能性もあるわけか。なんかやる気出てきたわ』
ポンッと手を叩いて納得する渚にミケが頷く。それから倒れている機械獣を見た。
『それじゃあ、渚。ひとまずアイテールを回収しようか』
『了解っと。で、どこにあるんだよ、アイテールって。つか、糸が絡まってるな』
『ああ、それなら問題ない。機械獣に手をかざしてみてよ』
『こうか?』
渚が義手をかざすとわずかに緑の光が放たれ、機械獣にまとわりついていた白いネバネバの糸が再び纏まって弾丸の形状に戻っていく。
『おお、弾丸に戻った?』
『形状記憶物質の一種さ。それを義手で操作して元に戻した。その捕縛弾は火薬も装填されていない、アイテールを利用したものなんだ。回収して、アイテールを注げば再利用ができる』
その言葉にホーッと感心した声を上げながら渚は戻った捕縛弾を拾い、それから機械獣を見る。
『もう動きださないよな?』
『機能は停止しているはずだけど』
銃の先で小突いても動きだす様子はなく、渚がそれを仰向けに転がして胸と腹を見えるようにすると、胸部にあったコアには渚の撃った銃弾がめり込んでいた。
『コアがむき出しなのは、小型で大した冷却機能がないからかな。渚、コアから伸びてるパイプの先の……肺に近いところを開けてみてくれないか』
『開けるってどうやって……と、そうか。あたしにゃこの義手があった』
渚がおりゃっと胸部装甲を義手で無理やり引き剥がすと、中から緑の液体が出て、それは砂の上に落ちて丸く固まっていく。
『ミケ。なんか固まっちまったぞ』
『アイテールは、空気に触れると固体化するんだ。義手で解凍はできるから拾って集めて』
『あいよ。それで、これがコアか。ああ、溢れたアイテールが固まってるな』
渚が砂の上に転がっている緑の玉を拾いながら、胸部の丸い機械を見る。
『ねえ、渚。基地でロボット、ウォーマシンを見ただろう?』
『ああ、それがどうした?』
『この機械獣のコアの規格だけど、恐らくウォーマシンと同じだね』
その言葉に、渚は基地のガレージに置かれていた義手の元の持ち主のことを思い出した。
『確か、あのロボットにはコアがないとか言ってたよな。もしかして、こいつをあのロボットに埋め込めば動くのか?』
『それは無理かな。この機械獣のコアは出力が弱そうだし。あの獅子型のなら分からないけど……ただ規格が近いということはこの機械獣たちは基地が眠った後に、同じ技術体系によって生み出されたものなのは確実だろうね』
ミケが破壊されているコアを興味深そうに見ながらそう口にした。
『まあ、今はそのことはどうでもいいか。渚、さっきみたいにまた右腕をかざしてくれるかい』
『おう。今度は何すんだよ?』
渚が首を傾げながら義手の右腕を機械獣にかざすと、淡い緑の光が手のひらから放たれて、機械獣の身体に当たった。
『なんだ、こりゃ?』
『解析だよ。君の視覚にも結果を映そうか』
『うお、なんか中が透けて見える』
渚の視界には、透けた機械獣の内部が表示されていた。
『血管みたいに全身を巡ってる……のか?』
アイテールらしい緑の液体が全身に巡らされているのも確認ができた。その複雑な構造には渚も驚きを隠せない。
『循環させて、ろ過し、再利用して、エネルギー効率を上げてるんだろうね。よくできてるよ。ともあれ、機械獣にアイテールが貯蔵されているのは把握ができた。機械獣がいる限り、僕らが生存することは可能だと証明できたわけだね』
『どこにどれくらいいるかも分かんねえけどな。それで、アイテールは手に入ったわけだけど、これからどうすんだよ?』
『ひとまずはビークルに戻ろう。あの巨大生物がどう動くかは分からないし、もしかすると……ああ、見てよ渚』
『ん、どうしたミケ……って!?』
ミケの視線の先を追った渚がギョッとした顔をする。
かなり離れた場所ではあるが、砂埃を巻き起こしながら移動している何かの集団に渚は気付いたのだ。砂山と砂山の間から覗けたソレは、何かが大量に動いているように見えた。
『なんだよ、あれ?』
『今まで砂山に隠れていて見えなかったけど……ああ、アレはヤバいね』
『ヤバい?』
その言葉に動揺する渚に、ミケが頷きを返す。
『フィルタリングした拡大映像を視界に送るよ。どうやら基地の方を目指しているみたいだ』
それからミケによって、すぐさま渚の視界に拡大された映像が映し出される。
それは全天球型監視カメラの映像にフィルタリングをかけたもので、濃い霧のせいでほとんど確認はできないが、それでも百鬼夜行の影のようなものが蠢いている光景がそこにはあった。そして、その正体に気付いた渚が絶句する。
『おい……まさか、あれ……全部が機械獣だってのか?』
『多分、そうだろうね。この浄化物質内での通信はできないはずなのにどうやって知ったのかは分からないけど、基地のアイテールを狙って動き出したんだろう。あの群れの進行ルートにいたらひとたまりもなかったよ』
どうすることもできず、踏み潰されてミンチだったであろうことは想像にかたくない。さらに渚は上空にも何かの影があることに気が付いた。
『なあミケ。あの空飛んでるのはなんだよ? もしかして空飛ぶ船か?』
『フォルムはクジラのようにも見えるね。けれども群れの上を飛んでいるということは、あれも機械獣なのか、或いは操っている人間が乗っているのかもしれないけど……ただ、まずはビークルに戻ってすぐに逃げる準備をしよう。これ以上、ここに留まるのは危険そうだ』
『お、おう。確かにあんなもんの近くにゃいられねえよ』
巨大生物はまだ動かないが、あの集団が基地に到達したとき、どうなるかの予想がつかない。
そしてミケの言葉に渚が強く頷くと、ふたりはすぐさまビークルへと戻って逃げ支度を開始し、それから渚は急ぎ基地とは反対側の方角へとビークルを走り出させたのであった。
【解説】
コア:
かつての兵器はコアと呼ばれるユニットを動力として稼働しており、機械獣にも同一規格のコアが装備されていた。これはかつての兵器の延長線上に機械獣があることを示している。