第106話 渚さんとコシガヤの女
『あん、なんだって?』
突然のミケの言葉に渚が思わず問い返した。
この状況をなぜチャンスと言えるのかが渚には分からない。今はむしろ絶体絶命に近いのだ。あの三体のブレードマンティスがいては渚自身はともかく、リンダとケイの生存率は著しく低下していると言わざるを得ない。けれどもミケは鋭い視線をクロの上半身が取り憑いたブレードマンティスへと向けながら、言葉を重ねる。
『細かいことは後だ。ファングでクロの頭部に接触して! 早く!!』
『なんだか分かんねーけど、分かったよミケ』
ミケの言葉に切羽詰まったものを感じた渚は、浮かび上がった疑問は一旦捨てて駆け出した。ミケへの信頼がその足を迷わず進ませていく。もっともブレードマンティスは今にもクロを引き離しそうな状況だ。
『させねえよ』
渚は腰に差している拳銃を抜いて撃ち、ブレードマンティスの注意を自分へと引きつけながら、さらにマシンアームからブースターを出して加速していく。そうして瞬く間に距離を詰めた渚に対しブレードマンティスは両手の鎌を振り上げ、
『ミケ、メテオファングだ』
『うん、任せて!』
そのまま振り下ろされた刃をミケが補助腕のメテオファングで受け止めて、その場に緑の火花が散った。
『グッ』
渚がうめき声を上げる。渚とブレードマンティスの出力の差は小さくない。だから渚の身体は先ほどと同様に補助腕ごと弾き飛ばされて地面に叩きつけられそうになる。
『大丈夫だ。集中して』
だがミケは他の補助腕を展開して地面に直撃する前に衝撃を殺すと、渚の身体を上へと飛ばし返した。同時に、瞬間的にセンスブーストを発動させた渚がブレードマンティスの刃をかいくぐって首元に辿り着くと、ついにソニックジャガーの頭部をマシンアームと接触させたのである。
『よし、掴んだぞミケ』
『接続完了。クロ、受け取るんだ』
そして次の瞬間に渚のマシンアームから緑の光が迸り、ブレードマンティスが動きを止める。
『よくやったね渚。成功だ』
『なんだか分かんないけど、止められたのか? けど別のブレードマンティスが来てるぜ』
渚の言う通り、クロをぶら下げているブレードマンティスの動きは停止したが、もう一体のブレードマンティスが異変を感じたのか渚たちの元へと駆けてきている。
『大丈夫です。問題ありません』
だが止まっていたブレードマンティスが突如としてクロの声を発して動き出し、迫るブレードマンティスの右腕を斬り飛ばした。
『KIRYYYYYY!?』
唐突な状況に片腕を飛ばされたブレードマンティスが咆哮するが、対してクロをぶら下げたブレードマンティスは全身を黒く染めあげながら緑色の光を放つ鎌を構えた。
『なるほど、光学迷彩で色も変えられるのですね。精度は高くありませんが、これで最初は隠れていたというわけですか』
『クロ? クロなんですの?』
リンダの問いに黒いブレードマンティスが頷く。
『そうですリンダ。ご心配をおかけしましたが、パラサイトシリンジでこの機体を乗っ取りました。ナギサ、ミケ。あなた方にも感謝を。そちらの迅速な判断がなければ危ういところでした』
ブレードマンティスの口からクロがそう返す。実のところ機械獣の操作を奪うパラサイトシリンジは、ソニックジャガーを乗っ取った後、そのまま口の中へと仕込まれていた。用途は見ての通り、戦闘中に機械獣を乗っ取るためだ。もっともソニックジャガーの処理能力ではブレードマンティスの制御を奪いきれず、それを察したミケがチップの処理能力を貸すために渚を向わせたというのが先ほどの指示の真相であった。
『え? み、味方なんですか?』
『あたしもよく分かんねえけど、そうみたいだぜ』
キャリアスカラベを牽制しつつ尋ねるケイに、渚がそう返す。ともあれ、これでクロと渚でブレードマンティスは押さえられる。
だが……と、渚は大地を揺らしながら迫ってくる巨大な物体へと視線を向けた。それはジャイアントスカラベだ。
あの巨体がいる以上、まだ渚たちの不利は否めない。装甲は硬く、丸めて運んでいるガラクタの塊が弱点であろう腹部を隠してもいる。あんな巨体に潰されれば強化装甲機でも一巻の終わりだ。だが、この場にはまだもうひとつの戦力が存在していた。
『その声、ケイだな!』
突如として崖の側面の一部が爆発したかのように吹き飛び、そこから強化装甲機が飛び出してきたのだ。
『え? 先生!?』
『まったく妙に騒がしいと思えば、まさかうちの生徒が戻ってきていたとはな』
驚きのケイの言葉に対し、強化装甲機の中から若干呆れ気味の女性の声が響いてきた。そしてそれには渚とリンダも目を丸くして驚いていた。
『おいおい、まさかあんたウルミさんか。そこに隠れていたのかよ?』
『誰だかは知らないけど、あなたたちは私の救出に来てくれたというわけね。だとすれば、すまない。状況が見えなくて参戦に遅れた』
何しろ敵が去るのを待ってやり過ごそうと思っていたウルミの前で、突然戦闘が始まったのだ。戦っている強化装甲機も騎士団の識別信号を出していなかったし、機体も装備もケイの乗っていたものとは別物。その上にドクロメットの渚を見て、ウルミは狩猟者か野盗かも把握できていなかった。
『ともかく、仲間であるのならば共に戦うわ。ブレードマンティスは引き受ける』
『大丈夫なのか? 見る限り、その機体ボロボロだぞ?』
装甲はところどころ剥がれ、幾つかの場所からは火花も出ている。見るからに機体は限界であるように見えた。
『ふん。誰だかは知らないが、騎士を甘くみないでもらおうか』
ウルミはそう言って双剣を構え、近くにいたキャリアスカラベへと襲いかかって十字に斬り裂いた。
『一瞬でぶった斬りやがった!?』
そのアイテールソードの鋭さに驚きつつも、渚は眉をひそめる。
『けど……おいミケ、なんだアレ?』
一瞬ではあるが、斬り裂いた瞬間に剣から妙な淡い緑の光が発せられたように見えたのだ。その様子にミケが目を細めながら口を開く。
『斬った瞬間に剣から何かが広がってアイテールに干渉したようだね。極小の糸のような……興味深い』
『私はコシガヤシーキャピタル騎士団ウルミ・コシガヤ・レイク。いざ尋常に勝負と行こうか!』
そして壊れかけの強化装甲機が駆け出したことで、戦況はここより逆転する。
【解説】
アイテールソード・タイプ『ムラマサ』:
ウルミの装備している特殊型のアイテールソード。切り裂くと同時に刃の腹から無数のナノチューブを放出して破壊した機体内部のアイテールを瞬時に吸収する機能を有している。それは柄から腕を通して強化装甲機内部にも供給できるため、ウルミの機体はアイテールで動く敵がいて機体とパイロットさえ無事ならば半永久的な戦闘が可能なのである。