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渚さんはガベージダンプを猫と歩む。  作者: 紫炎
序章 再生の日
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第001話 渚さんとしゃべる猫

「猫?」


 その少女が最初に呟いた言葉がソレだった。

 意識がはっきりとしていくに従って、目覚めた少女は自分の眼の前に一匹の三毛猫がいることを把握した。


「あたしんち、猫なんて飼ってねえよなぁ」


 少女がそう呟くも、見知らぬ猫は少女に警戒することも特に逃げることもなく、前足をぺろりと舐めながら落ち着いた様子で少女を眺めていた。その姿に少女が首を傾げる。


「んー? なんか、人慣れしてんなコイツ。というか、ここはどこだ?」


 それから少女が気になったのは、自分がいる場所であった。

 そこは窓もドアもなく、光源もないのに暗くもない、白で統一された質素な、ただ四角いだけの部屋の中だ。その中心に己ひとり、猫一匹が存在している。そして、何故自分がそんな場所で寝ていたのか、その理由が少女には分からない。


『やあ、目が覚めたようだね』

「うお、猫が……しゃべった?」


 それからどうしたものかと首を傾げていた少女の前で、唐突に猫が人の言葉を話した。


「な、なんだコイツ? どっかにスピーカーでも付いてるのか?」


 少女が目を丸くさせながら猫の全身を見回すが、特に変わりない普通の猫だ。一方で猫の方はといえば、ヒゲを揺らしながら少女を観察するように目を細めていた。


『ふむ。その驚きようだと、どうやら君はしゃべる猫と出会ったことはないようだね。まあ、確かに珍しいとは思うけれども』

「いや。珍しいも何もしゃべらないだろ、猫ってさ?」


 思わずツッコミを入れた少女だが、目の前の猫と意志疎通ができているのはもはや覆しようのない事実だ。猫はそんな少女のリアクションを見ながら、人のように肩をすくめた動作をしてから言葉を返す。


『しゃべる猫もいないわけではないけどね。ただ、この見た目はともかく、僕は本物の猫ではないんだ。この姿は君の好みに猫という記述があったから用意されただけのアバターだ。まあ、それはいい。時間があまりあるわけではないから、『意識が生まれた』のなら話を進めさせてもらって良いかな?』


 その問いに少女が首を傾げる。

 目の前の猫が猫ではないという意味も、時間がないという意味も、意識が生まれたという意味も、少女には理解できない。


『まずは確認だ。君は自分を適切に認識できているかい? 自分の名前は覚えているかな?』

「名前? そりゃあ当然……ええと、なんだっけ?」


 猫の言葉に対し、少女が眉をひそめて唸る。

 名前など分かっていて当たり前。しかし、そう思った少女の口から己の名前が出てこない。

 確かに知っているという確信はあるのに思い浮かばない。まるで辿り着くべき道が途中で切れているかのように、自分に名前があるという認識と自分の名前が何なのかが結びつかない。

 そんな己の状況に戸惑う少女に対して、猫が少しだけ嘆息してから口を開いた。


『分からないんだね。失敗したのかな? プロフィールによれば、君の名前は由比浜渚と言うんだ』

「ゆいはま……なぎさ? それがあたしの名前?」


 渚と呼ばれた少女はその名を反芻し、猫がコクンと頷く。


『その様子では、今の君には再生以前の記憶がないな? いや、会話はできているから、そういう記憶とは繋げられていないだけか。再生の失敗によるものなのか、或いはそういう風に設定されたものなのか……君の生成条件を設定したのは僕ではないからそれは分からないけれども』

「えーと、再生以前だって? どういうことだよ。あたし、何かあったのか?」


 渚と呼ばれた少女が頭をかきながら猫に尋ね返す。

 渚という名前は確かにしっくりとくるし、それが自分の名前で間違いないだろうという確信が少女にはあった。繋がったと感じていた。

 けれども他に何かを思い出そうとしても、渚は自分が一体どういう人間なのかが分からない。ここまでの自分の生きた形跡が丸ごと削除されたかのように、辿ろうとした記憶の先が出てこない。


『何かあったかというと……そうだね。簡単に言ってしまえば由比浜渚という過去に存在した人間のデータが現代まで残されていて、それを元に君は再生されたということなのだけど、理解できるかな?』


 猫が告げる言葉は、渚には理解できない。

 ただ過去に存在した人間という以上は、己が過去の人間に該当するのだろうということは察せられた。それから渚は確認の意味を込めて猫に尋ねる。


「つまり、ここは未来ってことになるのか?」

『君の認識からすればそうなるだろう。残念ながら僕が知るのは簡単なプロフィールとデータ化された君自身の身体情報だけだ。すまないけれども、僕にはそれ以上のことは分からない』


 その言葉に渚が「むぅ」と不満そうな顔をする。

 告げられた言葉の意味はほとんど分からないし、猫の方もそれ以上の答えは持っていなさそうだった。

 それから渚は少し考えてから、猫に再度尋ねる。


「じゃあさ。そこらへん全部置いておくとしても……何であたしがここにいるんだ。再生……とかされたんだよな? 普通の女子中学生だぞ、あたし」


 その問いに対して、猫は首を傾げながら『何故だろうね』と返した。


『悪いけど、僕にそれは分からないんだ。ただ、ここは軍事基地のひとつだよ。678年ぶりに再稼働したばかりだけどね』

「ろっぴゃくなな……」


 その言葉の意味を考えて、渚が絶句する。それが事実であれば、自分の生きていた時代は随分と昔であり、彼女を知っている人間ももう生きているはずがないことになる。


「なんか、色々とどう反応していいのか困るな、こりゃあ」


 渚がなんとも言えない顔で、そう口にする。

 ここまで猫が口にしたことのほとんどが渚にとって理解の外の話だ。

 けれども猫は気にせず前足をポンポンと動かすと、その動きに合わせて渚の周囲の空間にいくつもの四角い窓枠が浮かんで現れた。


「なんだ、こりゃ?」


 それぞれ別の場所の映像が映し出された。

 映像のひとつは武装した男たちが獣や恐竜などといった生物の形をした機械と戦っている光景を描いた静止画像だった。

 他にも機械の獣が通路を闊歩している映像や、緑の液体が入っているプール、工場のようなベルトコンベア、病院のような施設、さらにはロボットが並ぶガレージやかなり大きめの車両が並ぶ駐車場なども映っている。


「SF映画か」


 渚がそう口にする。

 あまりにも現実離れした光景がそこにはあって、それを映画だと渚が考えてしまうのは無理のない話であったが、猫は首を横に振って渚の認識を否定する。


『あちらが現実だよ渚。この場所はね。現実の空間じゃないんだ。ここは君の脳内に埋め込まれたチップによって演算されてできている一種の仮想空間で、僕は君をサポートするために用意されたナビゲーションAIだ』


 その言葉に渚が「いやいや」と手をブンブンと横に振る。


「さすがにおかしいだろ。色々と!?」

『君が混乱するのも無理はないけれども、その理解を正す時間はない。ほら、これも見てくれ』


 猫が前足を指し示したのは、先ほどの武装した男たちと機械の獣たちが戦っている光景であった。


「うん? あれ、少しだけど動いてるな」


 渚が目を凝らして映像を見てみると、静止映像のように見えていたソレは、実際にはわずかだが動きがあって、放った銃弾が飛んでいるのも分かった。


『先ほどの『なぜ君がここにいるか』という問いの答えだけど、結論から言うとあの場で戦っている人間たちが君を生み出したからなんだ。だから、再生された理由は彼らでなければ分からない』


 その言葉に渚が戦っている男たちをマジマジと見る。


「え、マジで? けど、あたしあんな人たち知らねーぞ」

『知らないと言っても、そもそも君に記憶はないんじゃないのかい?』

「あ、それはそうか」


 素直に渚が頷く。意識がはっきりとしているにもかかわらず、渚は己がどういう人間で、どういう風に生きていたのかが思い出せない。映画や軍事基地など、そういう言葉の意味は理解できるのに、肝心の自分のことについては何も思い浮かばない。


『もっとも時代を考えれば、大元の君とは関係のない事情によるものだろうけどね。どちらにせよ彼らは手遅れだろうから聞くことは不可能だ』

「は? 手遅れって」


 渚が猫に問いかけるが、猫はそれに言葉を返さずに新しい映像を表示させた。


『それでね。問題はこれなんだ。分かるだろう渚。これは……』

「あたしだ」


 そこには緑の液体で満たされたカプセルの中で眠っている自分の姿があった。けれども渚が驚いたのは、自分がそこで眠っているから……というだけではない。


「つか、ヤバくねアレ?」


 思わず渚が呟いたが、それは無理もないことだった。

 横に置かれているカプセルは天井が崩れて落ちてきたのだろう瓦礫によって一部が破壊され、入っていた緑色の液体は損傷した場所からゴボゴボと床にこぼれ落ちていた。

 そして、その瓦礫はカプセルの中にある渚の身体の一部、右腕を二の腕あたりから完全に潰してもいたのだ。


『ご覧の通りだ。現実にある君の肉体は損傷している。その上に君を創り出した人間たちも機械の獣によって全滅しかかっている。彼らは君を救うことはおろか、自分たちの命を護り切ることもできないだろう』


 猫が冷徹にそう告げる。

 猫の言うことが渚には分からない。己の身が危険だということ以外は何も……そして、追い立てるように猫が言葉を重ねていく。


『どうやら、あの機械の獣たちの狙いはアイテール、君の浸かっている緑の液体のようなんだ。そして君を産み出した人間たちと同様に、このままだと君もアレに襲われる』

「あたしを創り出した? あいつらが? で、あたしが喰われる? なんでだよ?」


 渚が映像を眺めながら、唇を震わせて叫ぶ。

 映像に映った人間たちは、星の柄を散りばめた青いフードを被っていた。手にしている銃も彼女が知るものとは違う、未来的とでもいうような形状をしている。そんな彼らが機械の獣と戦っている。

 それらはまるで現実味のない光景で、続けて猫は『ちなみに僕も何が起きているのかはよく分からない』と口にする。


『あの人間たちの情報も、機械の獣の情報も、基地のデータベースには存在しないんだ。人間たちはアレらを機械獣と呼んでいたけどね』


 そこまで説明してから、猫は視線を映像から渚へと移す。

 対して渚は怯えた顔で猫の次の言葉を待った。


『それで、理解してくれたかな?』

「な、何をだよ?」

『新しい人生を歩みだそうとしている君に、こう告げるのは非常に心苦しいのだけれどね』


 そして、猫ははっきりとこう告げたのである。


『君、もうすぐ死ぬよ』

【解説】

ナビゲーションAI:

 対象者をナビゲーションすることを目的としたAI。ある程度のコミュニケーションを取ることが可能なように設計されており、種別としては人工生命に該当する。

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