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鏡の中の悪魔

 地下室の棚、原稿のたばの山の中で、僕は1枚の鏡を発見した。

 そうして、それを持ち帰った。なんだか妙に気になる鏡だったからだ。不思議な魅力を感じる鏡だった。ジッと眺めていると、自分以外の姿が見えてきそうになる。鏡の世界へと引き込まれてしまいそうになる。そのような魅力だ。

 まさか、その鏡が、僕の小説指導の先生となってくれるとは…


 その後も、僕はボチボチと小説を書き続ける生活を送った。

 以前に比べれば、いくらか書けるようにはなってきたが、それでも「なんだか、乗らないな~」という日が続いた。とてもとても“絶好調!”というのには程遠ほどとおい。

 どうしたら、頭の中の理想の姿のようにバリバリと小説が書けるようになるのかわからず、苦しみながら執筆し続けていたのだった。


 そんなある日、いつものように頭をかかえ、「ウンウ~ン」とうなりながら、原稿用紙に向っていた僕。ふと、例の鏡の方へと視線を向けた。

 すると、鏡の中に別の世界が映し出されてきたのだ。それは、遠い異国の地。そこでは戦争が行われていた。銃を持った兵士たちが、必死の形相ぎょうそうで敵に向って発砲している。間髪かんぱつ入れずに、敵側からも応戦がある。お互いが銃を撃ち合い、死傷者も多数出る。

 かと思うと、急に場面は変わり、どこかのお城の中が映し出される。そこでは、世にも美しき女性たちが、これまた美しき衣装を身にまとい、王様とおぼしき人物の前でダンスを披露ひろうしている。

 あるいは、一般家庭の貧しい生活だったり、どこかの巨大な滝の流れと虹だったり、その後も次から次へと別の映像へ切り替わり、鏡は世界中の様々な景色を見せてくれた。


 そうして、最後に映し出されたのは、1匹の悪魔だった。

「どうだい?楽しんでいただけたかな?」と、悪魔は言った。明らかに、僕に向って。

 僕は驚いて、言葉にならなかった。

「お前が新しい小説家志望者というわけか。ま、仲良くやろうぜ」

 僕が黙ったままいると、悪魔は続けて、そう言った。

「き、君は誰だ!?」と、ようやく僕の口から言葉がついて出てくる。

「見ての通り、悪魔だよ。小説の悪魔だ。お前の小説の執筆を手助けしてやろうというんじゃないか。ありがたく思えよ」

「て、手助けだって!?それで、見返りはなんだ?」

「見返り?」

「そうだ。悪魔と取引するなら、それに見合った見返りが必要だろう?たとえば、たましいとか」

「フ、フハハハハハ…」と、悪魔はおかしそうに笑った。

 それから、こう言った。

「見返り。見返りか。そうさな…だったら、このオレを楽しませてくれよ。世界最高の傑作とやらを書いて、楽しませてくれ。愉快ゆかいなヤツでなくとも構わない。徹底的に恐怖のドン底に叩き落とすでもいい。あり得ないほどの嫌悪感を与えるでもいい。とにかく、このオレの感情を揺さぶってみせろ!そいつが見返りだ」

「なんだ、そんなモノでいいのか…」と、僕は安堵あんどした。もっと、とんでもないモノを要求されるのかと思っていたからだ。

 それを聞いて鏡の中の悪魔は、あきれたようにこう言った。

「なんだとは、なんだ。これほど難しいコトは他にはないぞ。世界中に小説を書いている者は無数に存在するが、そんな芸当ができるのは、ほんの一握ひとにぎりの人間に過ぎない。1人の人間が全身全霊を傾けて小説を書き続けて、ただの1作もそういう小説を生み出せずに死んでいく。それが、お前ごときにできるというのか?」

 その言葉を聞いて、「確かに」と、僕は思った。

 小説を書く上で、これほど難易度の高いコトは他にはないかもしれない。心の底から、人を揺さぶる。それが、たとえ感動であれ、喜びであれ、恐怖であれ。なんにしろ、人の心を動かすというのは難しいものだ。

 それを僕はできるようになるのだろうか?いや、そんな風に迷っている暇などありはしない。やるしかないのだ!世界最高の小説家になるため、そのくらいのハードルは軽々と越えられるようにならなければ!

「よっし!わかった!約束だ!君を納得させられるだけの作品を必ず生み出してみせる!」

 僕のその言葉を聞いて、鏡の中の悪魔はニヤリと微笑ほほえんだ。

「契約成立だな」


 こうして、その時から、悪魔の厳しい修行に耐える日々が始まった。

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