地下室への扉
相変わらず、僕は小説が書けないままだった。
「世界最高の小説家になってみせるぞ!」という気概はある。それも、誰にも負けないくらいの圧倒的な情熱だ!けれども、熱意ばかりが空回りしてしまって、全然先へと進めない。
新しい作品の最初の数ページを書いては放り投げ、また新しい作品の数行を書いては放り投げといったコトを繰り返していた。
「こんなコトじゃあ、いつまでたっても最高傑作など生み出せはしない。それどころか、長編小説の1作だって完成しないじゃないか…」
僕は自分自身の能力のなさを呪い、あまりにの小説の書けなさ具合に嘆き、そう1人でつぶやくのだった。
「やっぱり、僕には小説を書く才能なんてありはしないのかもしれないな…」
そんな風にすら考えるようになってきた。
時々、「僕は天才なんじゃなかろうか!こんな素晴らしいアイデアを思いつくだなんて!」などと思える瞬間もあるのだが、それが長続きしない。しばらくすると、すぐに書けなくなってくる。そうして、「駄目だ。やっぱり、才能のカケラもありゃしない…」などと落ち込んでしまう。
そうやって、「天才だ!」「やっぱりそうじゃない…」「天才だ!」「やっぱりそうじゃない…」を何度も何度も繰り返してしまうのだった。
*
そんなある日、「ウ~ン…次のアイデアが出てこない」などと頭を悩ませながら机の前に座り、手の上でクルクルとペンを回していると、そのペンが回転の勢い余って床へと落ちてしまった。
そのままペンは、ベッドの下へと転がっていく。
「仕方がないな」と、僕は立ち上がり、床の上に寝転がってベッドの下をのぞき込みながら手を伸ばす。
すると、ベッドの下に何やらあるのを発見した。どうやら、扉のようだ。
僕は「よっこらせ」とベッドを横にずらし、床に設置された扉に日の光を浴びさせる。
「なんだ、これは?」と、不思議な思いに駆られる僕。
なんだか、よくわからないが、とりあえず開けてみることにするか。そう思い、僕は扉の取っ手に手をかけ、思いきり引っ張ってみた。
最初は、ピクリとも動こうとしなかった床の扉だったが、何度も何度も「よっこらせ!」「よっこらせ!」と引っ張っている内に、ついにゴゴゴゴゴと扉は上に向けて開いた。
そうして、地下へと伸びていく階段が顔を見せたのだった。
「もしかして、地下の大ラビリンスへの道が開いたのだろうか?」などとワクワクしながら、僕は地下への階段を降りていくことにした。
*
コツン、コツン、コツン…と、足音を立てながら階段を降りていく僕。
片手には、火のついた油式のランプを持っている。これで、暗闇の中でも問題なく進んでいけるだろう。
僕は、ランプの火が消えないように気をつけながら慎重に歩みを進めていった。
すると、徐々に地下室の全容が見えてきた。
そこは、縦横2~3メートル程度の部屋で、壁には一面に棚が並んでいる。棚の中には、ところせましと紙の束が詰め込んであるのだ。
「なんなんだ、これは…」と、僕は紙の束の1つを手に取ると、ランプの火を近づけてみた。
それは、原稿であった。小説の原稿だ。
次から次へと別の紙の束へと手を伸ばし確認してみるが、どれもこれも小説を書き殴った紙であった。
「そうか。これは、前の住人の…」
そう!きっと、これは僕の前の住人が書き残していった小説の原稿の山なのだ。あの白骨化してして、僕が触れた瞬間にホコリのように消えていったあの住人の。
だが、これだけの量の原稿、一体、どのくらいの期間をかければ書けるのだろうか?
「10年?20年?いや、ひょっとしたら100年以上かも。諦めるまで死が訪れないと言われるこの森の中ならば、それも可能かも…」
それにしても、恐るべき執念である。
もしかしたら、1人の人間が書いたものではないのかもしれない。前の住人、その前の住人、そのまた前の住人と、歴代の小説家希望者の集大成なのかも。
「だとしても、だ。だとしても、僕にこれだけの原稿を書く能力があるだろうか?いいや、能力の問題だけではない。これだけの熱意、これだけの執念、今の僕に持ち合わせているだろうか?」
僕は、あらためて、自分のかかげた目標の高さを認識した。
“世界最高の小説家になる”という途方もない夢のハードルの高さを。
その場所に到達するためには、少なくとも、この程度のコトはやってのけなければならないのだ。
「できるだろうか?この僕に?いや、違う。できるか、できないかではない。やるしかないんだ!このくらいのコト!雑作もなくできるようにならなければ!!」
こうして、僕はその決意をもう1度固めた。
“最高傑作をバシバシと生み出す史上最高の小説家になる”という決意を!
この時の僕は、打ちのめされたりはしなかったわけ。目の前に原稿の山を見せつけられても、それで諦めたりはしなかった。それどころか、逆に闘志がわいてきた!
そういう意味では、少なくとも“情熱”という才能だけは持ち合わせていたわけだ。たとえ、それ以外の何の能力も持ち合わせていなかったとしても、それでも。
たった1つの才能を元に、ここから僕の本格的な戦いが始まる。