融合の時
「鏡の中に悪魔など住んではいなかった。全ては、僕の生み出した妄想だった」
それを知って、少なからずショックを受けた僕だったが、それでも小説を書く情熱だけは失ってはいなかった。
ヨロヨロと歩いていって、どうにか机の前に座った。そうして、再び原稿用紙に向かい始めた。
だが、どうしたことだろう?全く原稿が進まないのだ。手にしたペンは、ピクリとも動こうとしない。
「どうした?僕の腕よ?動け!動いてみせろよ!」
そう叫んだところでどうしようもない。書けないものは書けないのだ。
仕方がなく、僕は机の上にポ~ッンとペンを投げ出すと、ベッドの上にゴロンと寝転んだ。
そうして、静かに思い出し始めた。これまで悪魔と共に暮らしてきた日々と、悪魔に与えられた助言の数々を。
「アレが全部、僕の妄想だったとは…」
1人そうつぶやくが、何も解決はしない。
「ひとり立ちする時が来たんだよ」と、心の中の悪魔がやさしく語りかけてくる。あんなに厳しかった悪魔だが、今は信じられないくらいやさしい態度だ。だが、これも僕が生み出した妄想に過ぎない。それがわかっているので、なんだか変な気持ちになる。
「ヒトチダチスルトキガキタンダヨ」と、今度はオウムのピャーロットが言った。
「そうだ、お前にはもうそんなものは必要ない」と、ヘビのスネックも続く。
心の中の悪魔も、こう言ってきた。
「しょせん小説なんてものは、孤独に書き続けるものさ。そもそも誰かに頼ろうだとか、誰かの力を利用して書こうだとかする方が間違っている。お前はお前の才能を信じ、これからもその道を歩み続ければいい」
「それは、わかってる。わかってるけど…」と、僕は言いかける。
「大丈夫。何も心配する必要などない。お前はもう充分に能力を身につけた。立派な小説を書けるだけの能力を。あとは、ひたすらに己を信じ、努力をおこたらないことだ。それだけでいい」
僕は、悪魔のその言葉を聞いてから、しばらくの間ジッと考えた。そして、ついに決断した。
「そうだな。ヒナ鳥が巣から飛び立つように、弟子が師匠のもとから旅立つように、僕にも自立の時が来たというわけだ」
「そうだ。だが、勘違いするな。このオレはお前でもあるのだ。決して離れ離れになるわけじゃない。これからもずっと一緒にいるさ」
悪魔のその言葉を聞くと、僕は全てを受け入れた。
そうして僕らは1つになった。鏡の中の悪魔は、この世界から消滅した。だが、悪魔は僕であり、僕も悪魔であるのだ。それは、これからも変わらない。




