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森の中での討論

 この森に住む小説家志望者の1人“理論家グラブエル”は、ほんとに凄い奴だ。圧倒的な読書量!そこからくる小説論!誰も勝てやしない。

 ただし、自分で小説を書くのは苦手だった。内容はガチガチの理論で固められたおもしろさのカケラも存在しないようなものだったし、執筆量もそんなに多くはない。

 “小説がどういうものなのか?”を根本的にわかっていないようだった。

 なので、最近、グラブエルは“口だけグラブエル”などとみんなから揶揄やゆされるようになっていた。


 僕は、ひさしぶりに外に出て、長く伸びすぎた髪の毛をバッサリと切り、お風呂にも入って体をサッパリさせた。

「ふぅ…たまには、こういうのもいいものだな。ここの所ずっと『小説!小説!』でこんを詰めすぎていたからな。1度、頭をリセットさせて、心機一転またがんばろう!」

 などと1人でつぶやきながら、森の中を歩いていた時だった。


 広場の方から、何やら大きな声がするのが聞こえてきた。

「何ごとだろうか?」と疑問に思い、僕は広場の方へと足を進めてみた。

 すると、大声のぬしは、あの理論家グラブエルだとわかった。ゆっくりとしか小説を書けない“やせっぽちのエルサーン”に向けて怒鳴どなっているのだ。


「お前なぁ。どんだけ書くのが遅いんだよ。それに、書いてるものもクソツマンナイし。そんなんじゃ、小説家になんてなれる見込みはないから、サッサとやめちまえよ!お前、才能ないんだよ」

 エルサーンは、そんなグラブエルの言葉を黙って聞いている。

 その後も、散々罵詈雑言ばりぞうごんが続く。それを眺めている周りの人々も、黙って見ているばかりで、誰も静止しようとはしない。

 みんな、心の中では「ま~た口だけグラブエルのイジメが始まったよ。自分だってたいした小説を書いてないくせに」などと思ったいるのだ。だが、実際にその言葉を口に出そうとはしない。

 きっとグラブエルも、自分の小説が上手うまくいかないか何かで、虫の居所いどころが悪かったのだろう。エルサーンの方も、それがよくわかっていたのだ。だから、反論の1つもしようとしなかったのだ。もちろん、元々そういう性格だというものあっただろうが。

 だが、僕は違っていた。グラブエルの言葉を耳にして、カチンときた。そうして、ついついこう言ってしまったのだ。

「お前だって、ロクな小説を書いてないくせに…」

 僕がそう発した瞬間、グラブエルの動きがピタリと止まった。それまで機関銃のようにしゃべくりまくっていた口は止まり、僕の方をジロリと見た。

「何?なんだって?今、なんて言った?もう1度言ってみろ」

「ああ、何度だって言ってやるさ。グラブエル、お前まともに小説なんて書いちゃいないだろう。新作を発表するのは、年に1度あるかないか。それだってたいしたデキじゃない。エルサーンのコトをバカにできる立場になんてない。才能がないのはお前の方だ。サッサとやめちまえよ」

 こうなったら売り言葉に買い言葉だ。

 グラブエルは、顔を真っ赤にして必死になって反論してきた。

「自分の書いている作品は、誰々の何々という高名な作品を参考にしていて、こういう技術を使い、このような単語を使用して、どれほどレベルが高いのか」というコトを、ダダダダダッと連続でまくしたててきた。

 だが、そんな言葉の数々は、全然僕の心には届かなかった。どんなにたくさんの本を読んでいようとも、どれだけ人の技術をマネしようとも、それらは自分で考えたものではないのだ。自分の言葉で語ってはいない、借り物の言葉。そのような攻撃が通るはずがない。

 しかも、こっちは尋常ではないスピードで小説を書き続けている。圧倒的なスピードと量!それも、1つの同じ作品を書き続けているわけではない。次から次へと新作を発表し続けている。

 結果だけを見ても、反論の余地はない。みんなも、そのコトはよく理解している。だから、ニヤニヤと笑いながら見物しているだけだった。


「ハァハァハァ…」と、ついにグラブエルはしゃべる言葉を失い、息切れを始めた。

 その姿を見て、僕は一言ひとことこう言い放った。

「それで終わりか?」

「な、なんだと…」と、グラブエルは何か言いたそうだったが、それ以上は何も出てこなかった。

 そこで、僕はとどめを刺すつもりで、ついついこう言ってしまった。

「そんなだから駄目なんだよ。口ばっかり、理論ばっかり。そんなだったら、鏡の中の悪魔に指導してもらって、毎日マジメに小説を書き続けてればいいのに」

 その瞬間、時が止まった。

 その場にいた誰もが「何を言ってるんだ?コイツ?」という顔をした。

「アッ…シマッタ!」と思った時には、もう遅かった。

「鏡の中の悪魔?なんだ、それは?」と理論家グラブエルに問い詰められた。

 あとは、流れに従うしかなかった。

 これまで隠しに隠し通してきた悪魔の存在を、白日はくじつもとさらす必要が生じてしまったのだった。

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