狂気に満ちた人生
「何を1人でブツブツ言ってるんだ?」
誰かからそう言われて、僕は辺りをキョロキョロと見回してみた。
すると、声は草むらの中からしてきたことがわかった。
オコモが去った後、誰もいなくなってしまったと思っていたのだが、そこには1匹のヘビが残されていた。いつもオコモの肩に巻きついていたヘビのスネックだ。
「なんだ、お前か…」と、僕は安心する。
それから僕は、ヘビのスネックを拾い上げながら言った。
「お前は、オコモについていかなくていいのか?」
するとスネックは冷酷な声で、こう答えた。
「奴は逃げ出した。この森から。小説家になるという道から。もう2度と戻ってくることはないだろう」
「そうか。ま、仕方がないな…」
それが、僕の正直な感想だった。それ以上はなんの感情も湧いては来なかった。逃げ出したならば仕方がない。そこまでの奴だったのだ。
この森に住み続けたいならば、小説を書き続けなければならない。少なくとも、それだけの思いを持ち続けなければならない。それができない者は、去るしかない。冷たいようだが、そういうコトなのだ。
僕は、ヘビのスネックを小屋の中に連れ帰ると、オウムのピャーロットの横に並べて止まり木に止まらせておいた。
そうして、再び小説の執筆に没頭し始めた。
*
その後も僕は小説を書き続けた。
たとえ誰に認められるわけでなくとも、誰に評価されるわけでなくとも、誰に読まれるわけでなくとも。それでも、ただひたすらに小説だけは書き続けた。おかげで腕の方はメキメキと上がり続ける。
そもそも小説というのは、極めれば極めるほど、読者には理解されなくなっていくものなのだ。そういう意味で、これは当然の結果だとも言えた。
僕が傑作と信じて疑わない作品ほど、読者からは敬遠されてしまう。逆に「今回はあまり上手くいなかったな…」と思った駄作の方が読者からの評判は良かった。
それでも僕は、読者の評価よりも自分の感性を信じて書き続ける。
「これだ!これこそが、最高傑作!」
「いいや、今度こそ!これは前作を遙かに上回るデキ!」
「さらに極めたぞ!これまでにない視点で書かれたこの作品こそ、史上最高の傑作!」
何度も何度もその感覚を味わいながら、さらなる原稿の山を築き上げていく。
そうこうしている内に、さすがの人々も僕のコトを認め始める。
作品自体の評価は相変わらず上がらないままだったが、狂気に満ちた僕の生き方だけは、認めてくれるようになった。
「物凄い執念だ」
「間違いなく、この小説の森でも一番に小説に没頭している」
「だけど、なにも、あそこまでしなくても…」
そんな風に噂するようになる。
僕は、そんな言葉を耳にして、憤る。
「“あそこまでしなくても”だって?何を言っているんだ、コイツらは?ここまでしたって、まだ究極の高みにまでは到達できないというのに!小説の神には届かないというのに!これでもまだ足りないくらいだ!全然足りない!まして、お前らは何をやっている?なぜ、もっと本気で小説を書こうとしない!?小説に打ち込もうとしない!?」
そんな風に心の中でイライラとしてしまう。
そうして、そのイライラを糧にして、さらに新しい作品を書き上げるのだった。
そんなある日のコトだった。
ある1つの事件が起こったのは…




