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ゴキブリの王

 どのくらいの時が流れたのだろうか?

 数ヶ月だろうか?数年だろうか?

 もはや、よくわからなかったし、そんなコトはどうでもよかった。僕にとっては、そんなコトはどうでもいい。よい小説が書ければ、ただそれだけで。

 より速く!よりたくさん!より質の高い小説を書けさえすれば!それだけで…


 そんなある日、あまりに長い間、小屋の外へと出ていかなかった僕のコトを心配して、さすがにオコモが顔を見に来てくれた。

 モジャモジャ頭で背の低い、情熱だけはあるのだけれども、ちっとも小説を書こうとしないあのオコモがだ。


 小屋の前に立ったオコモは、ゆっくりと扉を開く。

 キ~ッという音と共に、木製の扉が開かれていく。


 その瞬間!

 大量の黒いかたまりが太陽の光を浴びて、ザアアアアアアッと移動する。小屋の外に飛び出す者、ベッドの下に隠れる者、様々だった。

 それは、ゴキブリの大群だった。まるで、真っ黒な絨毯じゅうたんか、闇夜の波のようにゴキブリの群れは動き回った。

「ギャアアアアアアア!」と、オコモは叫び声を上げた。


 一通りゴキブリたちの移動が終わり、辺りが静まると、小屋の中からひときわ大きな黒いかたまりがはい出てくる。伸び放題ほうだいに伸びまくった髪の毛は、ゴチャゴチャにからまり合い、フケやホコリや油まみれになって原形をとどめていない。


「やあ…オコモかい。ひさしぶりだね」と、全身真っ黒なゴワゴワのかたまりとなった僕は、髪の毛の間からどうにか声をしぼり出し、あいさつをする。

「な、な、な、な、何をやってるんだ!?」と、オコモは飛び上がって驚いた。そうして、そのまま腰が抜けて、動けなくなってしまった。

「何をやっているかだって?そんなの決まっているじゃないか。小説を書いていたんだよ。それが、ここのルールだろう?この小説の森では、小説を書き続ける者だけが生き残れる。僕は、それに従って生きているだけさ」

「小説だって!?小説なんて、そこまでしなくたって書けるだろう?」と、オコモは信じられないセリフを吐いた。

 それは聞いて、僕は一喝いっかつした。

「ふざけるな!書けるわけないだろう!ここまでしなけりゃ、史上最高傑作なんて書けるわけがないだろう!史上最高の作品をバンバン生み出す、究極の小説家になどなれるはずがないだろう!」

 それでも、オコモはどうにかこんな風に答えた。

「な、な、な、なれるさ。熱き情熱さえあれば、そんなコトをしなくても、いつかはなれるに決まってる」

 僕はス~ッと大きく息を吸い込むと、さらにたたみかけるようにこう叫んだ。

「なれるわけねぇだろう!てめぇみたいな中途半端な思いで!仮にその思いが本物だったとしよう。だとしても、お前みたいに全然小説を書いてもいないようなやからが小説家になどなれるわけがない!!ましてや、一流の中の一流、超一流の小説家。この世界の歴史に名をきざむ究極の小説家になど!」

「そ、そ、そ、そんなコトは…」

「断言しよう!お前のそのやり方じゃ、このまま100年…いいや1000年続けたって、絶対になれはしない!小説の神などには!!」

「ヒイイイイイイイイイイ!!」

 そう叫び声を上げると、オコモは逃げ出した。僕の前から。この森から。

 そうして、2度と、この小説の森に戻ってくることはなかった。


 あとにポツンと1人残された僕は、静かにこうつぶやいた。

「そうだ。これだ。これでいい。僕は王になったのだ。究極の小説家を目指すゴキブリの王に。かつて、ハエの王と呼ばれた“魔王ベルゼブブ”僕はそれにも匹敵する力を持つゴキブリの王となったのだ」

 それから、クルリと後ろを振り向くと、小屋の中へと向ってこう語りかけた。

「そうだろう?悪魔よ。鏡の中の悪魔よ。これでいいんだよな?」

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