一心不乱に筆をペンをふるい続ける日々
“死にたがり屋のベス”に触発された僕は、小屋に帰るとさっそく小説を書き始めた。
もう後ろを振り返っている暇などなかった。
僕は、アレに勝たなければならないのだ。実際に自らの体を傷つけ、身をもって体験したリアリティ。ありとあらゆる方法で自分の体を傷つけ、体感する。そこから生み出されるベスのホラー小説には、本物のリアリティがあった。そこには、尋常ではないものがある。
僕は、それを遙かに上回るだけの作品を生み出さなければならない。
「そのためには、これまで以上のケタ違いの想像力を身につけなければ!」
その一心で、原稿に向った。
「もはや、食事をするために外に出る時間すらもったいない!」
僕は、大量の食料を小屋の中へと持ち込むと、ひたすらに原稿に向かい続ける。そうして、どうにしてもお腹が空いた時だけ、適当に食料をあさって食べた。
おかげで、小屋の中にはゴキブリが住み着き、いつも奴らの顔を見るはめになってしまった。
最初は、そんなゴキブリたちをいちいち退治していた僕だったが、ある時から考え方が一転する。
「そういえば、その昔、1人の伝説的アニメーターがいたという。彼は最初、部屋に出没するネズミを嫌っていたのだが、その内に考えが変わって、ネズミを捕まえてペットにし始めたのだと。そうして、そのネズミをモデルにしたキャラクターを生み出し、世界的大ヒットを生み出したそうだ。そのキャラクターは、偉大なアニメーターの死後も世界中の人々に愛され続けていると聞く」
そんな話を思い出した僕は、ゴキブリ退治をやめてしまった。
「そうだ。コイツらだって生きているのだ。彼がネズミなら、僕はゴキブリだ。この小屋を巨大なゴキブリハウスにして、コイツらと共存しよう!」
そう決めた時から、ゴキブリたちのコトが気にならなくなってきた。むしろ、いとおしく思えてきたくらいだった。そうして、ゴキブリをテーマにした小説や、ゴキブリを主人公にした小説もたくさん書いた。
「我ながら狂っているな…」と思った。
だが、そんな自分自身の姿を誇らしくも感じた。
「そうだ!これだ!これでいい!これこそが理想の作家の姿だ!」
そう信じ、僕はペンをふるい続けた。
おかげで、執筆能力は以前よりも増した。
執筆の最高スピードは、ほとんど成長することはなかったが、そのトップスピードをいつも維持できるようになってきた。1日に書ける時間も伸ばすことができるようになってきた。そうして、次から次へと新しい原稿の山が溜まっていく。
もはや、1日に何文字書いたとか、1ヶ月に何枚書いたとか、数えるのすら面倒になってきた。なので、どのくらい書いているのかは、僕自身にすら見当がつかなくなってしまっていた。とにかく、膨大な原稿の山を築きながら、それでも僕は止まることはなかった。
そんな風にして、またしばらくの時が流れていく…




