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死にたがり屋のベス

 僕は毎日戦場へ出かけ、戦い続けた。

 言葉という名の剣を振るい、爆弾を落とし、宇宙空間からレーザー兵器を放ち続けた。


 けれども、圧倒的な力を手に入れながら、それでも心の中は不満だらけだった。

「もっと!もっとだ!もっと強くなれるはず!もっと新しい能力を手に入れられるはず!もっともっと成長できるはず!」

 何十作もの作品を完成させながら、なお心は満たされないままだった。

「何かキッカケが欲しい…ここから先、さらに進歩し進化するためのキッカケが…」

 頭の中はそればかりだった。常に小説のコトを考え、小説と共に暮らしたが、どうしてもここから先へは進めない気がしていた。完全に頭打ち。壁にブチ当たっていたのだ。

「ここが限界なのだろうか?ここが僕の到達できる限界。才能の限界。そういうコトか…」

 そんな風になかあきらめかけていた。

 ここまででも、もう充分だとも言える。他の人たちからすれば、充分過ぎる能力。充分過ぎる成長。残りの人生は、これまで手に入れた能力を使って、ゆったりと小説を書き続ける。そういう生き方だってあったはずだ。

 事実、ほとんどの人間は、そうやって生きている。ある程度まで能力を身につけたら、あとは悠長ゆうちょうに余生を過ごす。

「いよいよ、この森から出て行く時が来ているのかもしれないな。それも、小説家になるコトを諦めたからではない。一流の小説家になるための能力を身につけ、堂々とここから出て行ける時が…」

 僕は心の思いをそんな風に口にしてはみたが、それでも不満は残り続ける。

 心の底で誰かが叫んでいる。

「違う!そうじゃないだろう!お前は、まだやれる!まだ先に進める!こんな所で止まっている人間ではない!ここで終わるうつわではない!ただ、一時いっとき停滞しているだけに過ぎないんだ!」と。

 僕自身、どこかでわかっていた。それは単なるいいわけだと。ほんとは、先に進めるはずなんだ。生きている限り、どこまでもどこまでも無限に成長し続けられるはずなんだ。でも、その具体的な方法はわからないままでいた。


         *


 そんなある日のコト。

 僕は、森の中で決定的な瞬間を目にする。


 この森には、様々な小説家や小説家志望者が住んでいた。

 その中の1人に、ベスという名の女性がいた。いつも、自分の体を傷つけてばかりなので“死にたがり屋のベス”と呼ばれていた。

 けれども、実際にはベスは死にたがってなどいなかった。それどころか、全くの逆だった。彼女が自分の体を傷つけるのには理由があったのだ。そもそも、この小説の森では、その程度で死んだりはしない。この森では、「もう小説なんて書けない!書きたくない!」と心の底から諦めたその瞬間までは死なないし、死ねない。

 ベスが自分の体を傷つける理由とは、「より良い作品を生み出すため。よりリアリティのある小説を書くため」だった。そのためには、人が何をされればどのくらい傷つくのか知らなければならない。

 ナイフで刺されれば、どのくらいの痛みを感じるのか?頭を石で殴られれば、どれ程の出血があるのか?内蔵をえぐられた時の感覚や、崖から飛び降りた後の回復時間などを自分の体で試していたのだ。

 そういう意味では、僕と同じだった。僕と同じかそれ以上に小説に執着していたのだ。もちろん、僕はそれを想像力で補う。それこそが、一流の小説家の能力だと信じて疑わなかったからだ。


 その日は運が良かった。たまたま、ベスに出会うことができたのだから。

 死にたがり屋のベスの話は、以前からうわさには聞いていた。だが、現場に居合わせたのは、この日が初めてだった。


 この森のレストランは、誰でも自由に食事ができるようになっているという話は以前にもしたと思う。そのレストランに食材を運ぶために、外から頻繁にトラックが出入りしていた。

 この日、死にたがり屋のベスは、そのトラックの前に飛び出していたのだった。そうやって、何度も何度もトラックにかれて、その感覚を味わい、楽しんでいたのだ。

 森の住人たちは、そんなベスの姿を見て、あきれたり、あわれんだりしていた。

「狂ってやがる…」

「人間、ああなっちゃおしまいだよな…」

「そうそう。どんなにいい小説を書くためでも、あんな風になっちゃいけないよ」

 などと口々に語っていた。ただ1人の例外を除いて。

 もちろん、そのただ1人の例外とは、この僕である。


 僕は思った。

「ああ、なんということだろうか!確かに狂ってはいる!だが、それもこれも全て小説のためなのだ!それ程までの執着心!それ程までの情熱!素晴らしい!これこそが、究極の小説家のあるべき姿だ!」と。

 何度も何度もトラックに轢かれ続けるベスの姿をの当たりにしながら、僕は感心し、心の底から打ち震えた。

「でも、僕にはアレはできない。あんな風にはできないが、別の方法で最高の作品を生み出すことはできる!さあ、小屋に帰って小説を書かなければ!」

 こうして、ついに僕はキッカケをつかんだのだ。

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