僕がゴーリキじいさんよりも上回っている部分
「僕とゴーリキじいさんの決定的な違い。僕の方が上回っている部分…」
僕は必死になって考え続けた。もちろん、その間も小説を書くことだけはやめない。毎日、机にかじりつき、小説だけは書き続けている。その合間に、悪魔の出した問いかけについて考えるのだった。
「情熱…かな?情熱だけは負ける気がしない。ゴーリキじいさんどころか世界中の誰にも!」
僕のその言葉を聞いて、悪魔はあっさりと断言する。
「違うな。そんなものは誰でも持っている。しかも、その情熱の量とやらをどうやって計る?どうやって証明するね?」
確かに。情熱なんて持っていても、証明のしようがない。ただ自分で「これだけ熱意があります!これだけのやる気があります!こんなに大きな夢を持っています!」と叫ぶばかり。それじゃあ、他の人たちと変わりはしないし、誰にも納得してもらえはしない。
たとえば、僕とオコモとどれ程の違いがあるというのだろうか…
「ン?」と、僕は気づく。
僕とオコモの違い?そして、ゴーリキじいさんとの違い?
「そうか!これか!これが悪魔の言っていたコトか!」
僕は「わかった!」と叫びたくなった。そうだ!実に単純なコトだったのだ。単純極まりない!いつも、僕が言っていたコトじゃあないか!
「ゴーリキじいさんは“かつて小説家であった者”なのだ。もちろん、昔は傑作をいくつも生み出した。そこには敬意を払わなければならない。だが、今はもう違う。僕らと同じ。いや、それ以上に小説が書けなくなってしまっている。だから、この小説の森に迷い込んできてしまったのだ」
「そうだ」と、悪魔が静かに答える。そうして、さらに続ける。
「ようやくわかったか?もはや、それは小説家ではない。“かつて小説家であった者”だ。たとえ、どんな傑作を生み出そうとも、どのような賞を受賞しようとも、どのような立派な勲章を与えられようとも、そんなコトは関係がない。奴がいかな高名な小説家であろうとも、それは過去の話。今現在、小説を書いていなければ、それは単なる落伍者と同じ」
誰もが、そうなる危険性を秘めている。この僕だって、小説が書けなくなったら、単なる駄目人間だ。僕も、落伍者の仲間入りというわけだ。
「ゴーリキじいさんは、確かにかつては名作家であった。小説を戦いとたとえるならば、かつての英雄。かつての伝説的戦士。けれども、今は違う。単なる老兵。いや、戦場に立たなくなった日から老兵ですらない。兵士でもなければ、戦士でもない。一般人となんら変わりはしない。ただの普通の人間だ。そうだろ?悪魔よ?」
「その通り!だが、お前は違う!お前は、今もって戦場に立っている。現役戦士だ」
「現役戦士…」
「そうだ。さあ、戦え!戦場を舞え!お前にしか書けないお前だけの小説を書け!」
かつて名戦士だった者。それは、退役軍人と同じ。
その功績は讃えねばならないだろう。だが、今現在の能力はまた別だ。
仮にどんなに戦う意志があったとしても、実際に戦場に立っていないのでは意味がない。
「まだ負けない!まだワシはやれる!」と、どんなに口にしたところで、ゴーリキじいさんはもう小説なんてほとんど1行も書いちゃいない。それじゃあ、「夢だけはあります!やる気だけは誰にも負けません!」などと叫びつつ実際には全く書かない若者と同じなのだ。
僕は、そうはならない!なってなるものか!
この命尽きるまで!寿命の訪れるその日まで戦う!戦い続けてみせる!!
「僕は、いくつになろうとも書き続ける!小説を!死ぬまで書き続ける!それこそが小説家の使命であるのだから!!」
そう、未来への自分へ約束した。




