表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
46/59

80歳の小説家ゴーリキじいさん

 この小説の森には、ゴーリキじいさんという老人が住んでいた。

 ゴーリキじいさんは、僕らとは違っていて本物の小説家であった。若い頃は、プロの小説家として大活躍し、一世を風靡ふうびした。

「なぜ、こんな経歴も肩書きも立派な人が、この小説の森に迷い込んできているのだろうか?」と不思議なくらいだった。


 ゴーリキじいさんは80歳の老人で、いつも大きなこげ茶色の馬をつれて森の中を歩いていた。カブトムシみたいに深い色をしたこげ茶色だった。

 広場にもよくやって来て、みんなに小説のイロハを教えてくれたものだ。

「小説を書くのに、決して手を抜いてはいかんぞ」とか。

「質だけではなく量も書けるようにならんといかん。ワシが若い頃には、ほとんど睡眠時間などゼロに近い状態で書き続けたもんじゃ」とか。

「書き始めた作品は必ず最後まで完成させなさい。それができぬと、段々と小説が書けなくなっていくものじゃ」といった感じで、小説に関するアドバイスをくれた。

 僕自身は、鏡の中の悪魔から似たような話を何度も聞いていたので、目新しい発見はそんなになかったが、それでも高名な小説家にあらためて言われると、「ウンウン」とついついうなづいて納得してしまうのだった。

 そんなゴーリキじいさんを、みんな心から尊敬していた。僕も尊敬していた。


 ゴーリキじいさんは小説についてのアドバイスだけではなく、人生に対する教訓のようなモノもよく口にしていた。

「人にはやさしくしなさい」だとか。

「人に接する態度は、必ず自分にも返ってくる」だとか。

「人生は短いものだ。時を大切にしない者は、後から後悔することになる」といった感じのセリフを吐いては、森に住む人々をさとしたものだ。

 そんな時、決まってゴーリキじいさんは最後にこうつけ加える。

「人生を長く生きてきた者の言葉じゃよ。聞いておいて、間違いはありゃせん」と。

 全くその通りだ。人生を長く生きてきた人の言葉には重みがある。説得力がある。しかも、これまで数々の栄誉に預かってきた高名な小説家の言葉なのだ。間違っているはずなどない。


 しかし、そんなゴーリキじいさんに対しても、鏡の中の悪魔は容赦ようしゃなかった。

「あんな老いぼれジジイ、何がわかるというんだ?小説家なんてものは、人として立派である必要はない。それよりも自分を極めろ!能力を極めろ!さらなる高みを目指し1分1秒でも努力しろ!人に構っている暇などありはしない!」などと汚い言葉を吐いた。

 僕は、悪魔のそんな言葉を聞いて、「なんでそんな酷いコトを言うのだろう…」と悲しくなりさえした。


 それでも、悪魔は止まらない。

 ひたすらに「人として立派になる必要はない!作家として立派になれ!人にやさしくしている暇があったら、自分を極めろ!」と、わめき散らすのだった。

 こういうところは、小説の鬼…いや、悪魔なのだ。まったくもってその言葉通り小説の悪魔。小説に対してだけは容赦がない。


 さらに、鏡の中の悪魔は、こんな風につけ加える。

「あんな老いぼれジジイに比べれば、お前の方が余程よほどレベルが高い。今のお前の方がな」などと言い始める。

「まさか…」と、僕は驚く。

 僕も自分の能力には自信を持っている方だが、それにしてもゴーリキじいさんに比べれば、まだまだおとる。「いずれは追い抜かしてやる!」という気概はあったが、現時点で上回っているとまでは思ってはいない。さすがに、そのくらいの分別ふんべつは持ち合わせていた。

「いや、ほんとだ」と悪魔は念を押してくる。

「さすがにプロの小説家と比べるのは、お門違かどちがいというものじゃないかな~?」と、僕は素直に自分の思いを口にした。

「奴とお前とでは決定的な違いがある。お前の方がはるかに上回っている部分だ。それがわかるか?」と、鏡の中の悪魔。

「若さとか?」と、僕は即答する。

「違うな。小説を書くのに年齢など関係ない。そこに差はない。たとえ、5歳の子供が書こうとも傑作は傑作。何百年生きた仙人が書こうとも、駄作は駄作だ。そこの所がおもしろい世界だとも言えるがな」

「じゃあ、なんだろう?」と、僕は頭をひねって考えてみる。でも、なかなか思いつかない。

「ま、考えてみな。答は非常に単純だ。ビックリするほど単純な答えさ」

 そう悪魔に言われ、それからしばらくの間、僕の頭からはその疑問がこびりついて離れなくなってしまった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ