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一流の視点

 ある程度は読者の心を理解しつつ、自分の世界を展開する。

 その方法は、かなり上手うまくいっていた。少なくとも、表面上は…


 以前に比べれば、ずっと多い読者数を維持しながら、それなりに自分のやりたいコトをやれている。

 でも、僕はそんな小説の書き方に不満を感じていた。

 確かに、それなりに上手くはいっている。だが、それはしょせん“それなり”に過ぎないのだ。昔のような、“頭の中に脳内麻薬がバ~ッと広がっていく感じ”あの感覚を味わえない。

「これは、ほんとに小説を書いていると言えるのだろうか?」

 僕の心の中に生じた疑問は、どんどん心の世界に広がっていき、浸食していく。

 そうして、ついに僕は小説が書けなくなってしまった。


「駄目だ~!」

 ポ~ンッと、机の上にペンを投げ出し、そう叫ぶ僕。

「ま、タマには休むのもいいんじゃないか?ここの所ずっと走りっぱなしだったからな」と、鏡の中の悪魔も言ってくれる。

「そうするか…」

 僕はそうつぶやき、小屋の外へと歩き出す。


 ひさしぶりに新鮮な空気を吸った気がする。

 何ヶ月もの間、小説を書くのに没頭していたから、まともに外に出た記憶もない。

「一体、何を食べて暮らしていたんだっけな?」

 思い出そうとしても、思い出せない。

 この小説の森では、食事などせずとも死ぬようなことはない。最低限の栄養さえ摂取し続けていれば…いや、それさえもなく生き延びることができるのだ。ただ、“小説を書きたい!小説を書いて生きていきたい!”とさえ願えば。

「そういえば、昔は『お腹が空いた!』なんて大声で叫んでワガママを言っていたものだよな…」と、僕はこの森にやって来たばかりのコトを思い出し、クスッと可笑おかしくなってしまった。

「考えてみれば、あの時のオコモの言葉は当たっていたな。『空腹ぐらい我慢して書き続けられなければ、この先やってはいけない』というオコモあの言葉は。そのセリフを吐いたオコモ自信が全然小説を書こうとしないのはのは、皮肉な話だけど…」


 僕はブラリと森の中を歩き回り、レストランで軽く食事をした。非常に質素なメニューだった。もはや豪華な料理など必要はない。小説を書くのに必要なのは、そんなモノではないと理解したのだ。

 それから、広場にいる連中を遠くから眺めた。相変わらず熱心に小説談義などをかわしているようだ。肝心要かんじんかなめの小説の方は書かずに。

 妖精ニンフの泉にも足を向けてみた。

「美しいな…」とは思ったけれども、ただそれだけだった。

 小説を書くのに比べれば、ニンフとのダンスなど水泡すいほうのようなモノに過ぎない。わずかな時を楽しむだけ。あとには残らない。それも、脳内に麻薬がバ~ッと広がっていく感覚に比べれば、些細ささいな幸福にしか思えないのだった。


 小屋に帰ってきた僕は、再び原稿用紙の前に座りペンを取った。

「もういいのか?」

 鏡の中から悪魔が声をかけてくる。

「ああ…充分だ。もう充分堪能(たんのう)した。僕には小説しかないのだと再認識した。僕は、僕のやるべきコトをやる。それだけだ」

 そう言って、また僕は小説を書き始めた。今度は、また徹底的に自分の世界を構築して。

「読者など関係ない。読者など、最初から関係なかったんだ。それが僕の生き方。僕のスタイル」

 ブツブツと、そうつぶやきながら、それでも執筆のペースはゆるまない。

 バリバリと音を立てるようにペンは進んでいく。

「今回は、リアリティを追求しよう。徹底的にリアルな作品にしてやる!」

 それが読者向きの小説でないことは、重々承知していた。

 それでも、今の僕にとっては、この作品が必要な気がした。これまでの僕に足りなかったモノ。それは、リアリティだ。作品全体をおおい尽くし、地の底から突き上げてくるような現実性。どうしても、それを手に入れる必要があった。

 心の底から誰かが叫んでくる。

「そうだ!それでいい!それこそが、お前の書くべき作品だ!」と。

 きっと、この1作が僕にあらたな力を与えてくれるだろう。たとえ、どんなに読者から見放されたとしても、それでも!


 1ヶ月近くって、その作品は完成した。

 あんじょう、読者からは見向きもされなかった。

「なんで、こんなツマンナイ小説を書くんだよ?前みたいに、もっと楽しい小説を書いてくれよ!」

 そんな声も聞かれた。

 でも、僕には関係なかった。なぜなら、僕はこの作品を“読者の視点”ではなく“作者の視点”で眺めているのだから。この1作が、どれほどの力を僕に与えてくれたか知っていた。どのくらい書ける小説の幅が広がったを知っていた。今後、生み出す数々の作品たちにどのような影響を与えてくれるかを知っていた。

 だから、満足だった。


「そうだ。それでいい」と、鏡の中の悪魔も言ってくれた。

「これが作者の視点。一流の作家の視点。一流は目の前を見ない。作品だけではなく能力をも見る。“この作品を完成させたことで、どのような能力が身についたか?”そういう考え方をする。そうだろ?」

「そうだ。その通りだ。ようやく到達できたな。その領域に」

 昔、悪魔が言っていた“一流の作家の条件”

 まがりなりにも、それを僕は満たせたようだ。まだまだ一流と呼ぶにはほど遠いかもしれない。あるいは、一流とはいえども、その端くれに過ぎないのかも。

 それでも、キッカケはつかんだ!理論でではなく感覚で!あとは、これを極めていくだけでいい。

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