作者と読者の間で上手くバランスを取る
読者中心の小説はやめ、再び自分の世界を中心とした小説に戻ってきた僕だったが…
それでも、以前とはかなり小説の書き方が変わってきていた。作者中心とした小説と、読者を中心とした小説の間で、上手くバランスが取れるようになってきたのだ。
前回の訓練は完全な無駄ではなかったというわけだ。
それまでの僕だったら、ことごとく読者の期待を裏切る方向へとストーリーを進めてしまっていた。キャラクターは崩壊し、突拍子もない行動を繰り返す。奇声を発し、奇行に走る。
そういうシーンが減った。全くなくなったわけではないが、その割合は激減した。
「ここぞ!」という場面では、やはり読者が予想していない方向へと進めてしまう。だが、それ以外の場面では素直にストーリーの流れに乗って小説を書くようになったのだった。
「たぶん、こうなるだろうな…」と、読者が予想している通りに進み、「このキャラクターは、こういうセリフを吐くはずだ」というセリフをしゃべらせてやる。
よく言えば、素直になったのだ。悪く言えば、意外性は薄れてしまったというわけだ。以前に比べてグッと読みやすくなり、ピリッとピンポイントで意外な展開も起こり、総合的にはレベルアップしたと言ってもいいだろう。
ただ、そんな作品に、僕はどこか不満も抱いていた。
「読みやすくて、そつなくまとまっていて、ちょっとだけ変な部分もある。これって、普通の小説じゃないか?これだったら、僕じゃなくて他の誰かでも書けるんじゃないだろうか?」
そんな風な疑問が浮かんでくる。
それに対して、鏡の中の悪魔は、こう言ってくる。
「意外と難しいもんさ。そういう小説ってのも」
「そういうものかな~?」
「そういうものさ。けど、どうしても気に食わないなら、前に書いていたような小説に戻せばいい。内容も書き方も、もっと自分中心の自分勝手な小説に戻せばいいさ」
それができるなら、苦労はしない。そうしたくとも、そうできない。自分らしい小説を書こうと努力しても、どうしても読者の影がちらついてしまう。そうして、無難な方向へ、無難な方向へと進めてしまうのだ。
「昔のようにムチャな小説が書けなくなってしまったな…」と、僕はつぶやく。
それは、まるで自動車の運転のようなものだった。
最初は勝手がわからずに、ムチャクチャにスピードを出してみたり、荒い運転をしてみたりもする。けれども、時と共にそういった暴走行為はなりを潜め、安全運転に切り替わる。
今の僕は、それだった。
もちろん、これがタクシーやバスの運転手ならば、それでいい。あるいは、運送業者でもやっているならば。でも、これは小説なのだ。僕が書いているのは小説。ならば、もっと破天荒な運転ができなければならないのではないだろうか?
F1ドライバーとか、曲芸乗りとか、そういったコトができなければ、存在価値はないのでは?
ついつい、そんな風に考えてしまうのだった。
それでも、執筆量だけは落とさないように書き続けた。
毎日小説を書き、ほとんど1日も休みはしない。最低でも月に10万文字のペースは守りつつ、進んでいく。それも、毎月のように新しい作品に挑戦した。たまに何十万文字にも渡る長編を書くこともあったが、大抵は10万文字前後で切り上げる。それで、本1冊分。
心のどこかで不満を感じつつも、この頃の僕の小説は安定して、それなりにレベルの高いモノになっていたと思う。




