世の中には、いろいろな小説の書き方がある
世の中には、いろいろな小説の書き方がある。
僕の小説の書き方は、“僕だけの世界を作り上げ、その世界の中で僕だけのストーリーを展開し、僕にしか書けない、僕だけの小説を書くコト”だ。
だが、その方法だと、どうしたって読者には受け入れてもらえない。世界中のありとあらゆる小説の読み方をマスターした“理想の読者”ならば別だが、この世界に存在する大勢の“普通の読者”たちにとっては、僕の小説は“愚にもつかない大駄作”ということになってしまう。
困った僕は、悩み考えた。
そうして、ついに妥協することに決めた。
表現方法は別としても、これまで内容的には全く妥協しようとしなかったこの僕が、読者にすり寄ることに決めたのだ。
確かに、この方法は多くの読者を獲得するという利点をもたらせてくれた。けれども、同時に僕の心の中に存在する“情熱の炎”の火力を縮めてしまったのだ。
困った僕は、再び鏡の中の悪魔に相談してみることにした。
「…というわけなんだ。どうすればいいと思う?」と、僕は鏡の中で大きなあくびをしている悪魔に向って尋ねた。
「だから言ったろう。そういうやり方は、お前には合わないって。そんなのは初心者の小説の書き方だ。もはや、お前は中級…いや、上級レベルに差しかかろうとしている。そんなお前にとって、読者にすり寄った小説など退屈極まりないものになるに決まっている」
「じゃあ、前の小説の書き方に戻せと?」と、僕はさらに質問を重ねる。
「いや、せっかくの機会だ。これを利用しろ。いずれ、こういうコトもできるようにならなければない時が来ていたのだ。だったら、ついでにこの期にそれをマスターしてしまえ」
悪魔は、そう提案してきた。
「この期を利用する…」
「そうだ。退屈でもなんでも構わない。無理をしてでも、その方法を貫き通せ!読者にすり寄って、すり寄って、すり寄りまくるのだ!そうして、『もう限界だ!いい加減にしてくれ!』と根を上げるまで、読者寄りの小説を書き続けろ!」
今回の試練は思ったよりもずっと大変だった。辛くて、厳しくて、もう泣きそうになった。
なにしろ、これまでの数年間、ず~っと“自分らしい小説”を目指して書き続けてきたのだ。それを突然、180度方向転換したような小説に変えるだなんて…
それも、1度くらいならばいい気晴らしになっただろう。けれども、何作も何作も、ひたすらにひたすらに読者に向けた小説ばかりを書かされ続けるのだ。
いくら小説を書くのが大好きな僕でも、さすがにこれには参ってしまった。
あいかわらず執筆ペースは速く、月に1~2作の長編小説を完成させるという荒技は続けていた。いや、むしろ、サッサと終わらせてしまいたいがために、執筆のペースはさらに上がっていく。平均で2週間に1作。短い時には10日もかからずに10万字を越える小説を完成させていったのだった。
周りの人々から見たら、とんでもない奇跡に思えたかもしれない。けれども、僕にとってはこんなコトはなんでもない。まさに、“雑作もない作業”だった。なにしろ、以前と違って、読者向けの小説を書いているのだ。
それは、やわらかく読みやすい文章で、内容的にもスカスカというコトを意味していた。原稿は白紙の部分が増え、必要なストーリーのアイデアも以前の数分の1で済んだ。世間では、そういう小説が流行っていたのだ。
僕は流行に乗って、そのような内容が薄く、かつフワフワの文章を目指した。これは実に簡単な作業だった。簡単過ぎて、逆にやる気を失う。
作品を量産するのと反比例するかのように、僕の心の中の情熱の炎は、ますます減退していったのだった…
そうして、ついに根を上げた。
僕は、悪魔に向って白旗を上げ、「もう勘弁してくれ!これ以上小説は書きたくない!こんな小説は!」と許しを請うた。
「ま、こんなもんだろう」と、鏡の中の悪魔は言った。
ようやく僕は解放されたのだ。
この間、僕は20作近い小説を完成させていた。どれもこれも薄っぺらく、あとから読み直す気にもなれない。
「まったく酷いデキだな…」と、僕はつぶやく。
けれども、悪魔は別のセリフを吐いた。
「そうでもないさ」
「え?」
「そういうタイプの小説には、そういうタイプの小説なりに、良さやおもしろさというモノがある。賞味期限は短いかもしれない。パッと読んで、サッと楽しむ。それで、2度とページは開かれない。消費物のような小説。だが、それもまた1つの小説の形なのだ」
「1つの小説の形…」
「そうだ。ただ、お前にはそういうタイプの小説は合っていなかったというだけで。読むのも、書くのもな」
悪魔にそう言われて、僕も納得した。
世の中には、ほんとにいろいろなタイプの小説があるものだ。とりあえず、能力的にはそういう小説も書けるようになった。それはそれで、損にはならないだろう。これからは、また自分らしい小説を書いて生きていこう。
そう決心して、僕は再び走り出すのだった。




