お腹が空いて、小説が書けない
さて、小屋に帰ってきてから、さっそく小説を書こうと机に向った僕だったが…
お腹が空いて、小説が書けない。さっきから、グ~グ~、グ~グ~お腹が鳴りっぱなしだ。
「おかしい。こんなはずではなかったのに…」
さっきのオコモという少年の話によると、この小説の森では、空腹で死ぬことはないという話だった。それどころか、生きる意識を失いさえしなければ、どのような方法でも死ぬことはないのだと。
「小説を書くぞ!」という意識さえ持ち続けていれば、決して命を失うことはない。そういう話だったのに。
「もしかして、これって…死ぬことはなくても、お腹が空いたり、痛みを感じたりはするってことなのか!?」
僕は、そう言って、小屋を飛び出した。オウムのピャーロットも、サッと肩に乗る。
それから、さっきの広場に向って激走する。
「オコモ!オコモ!オコモ!」
僕は、叫びながら走り続ける。
肩の上に止まったオウムのピャーロットも、オウム返しに叫ぶ。
「オコモ!オコモ!オコモ!」と。
広場に到着した僕は、さっそくモジャモジャ頭の背の低い少年を見つける。
「これは、どういうことなんだ!?」
「コレハ、ドウイウコトナンダ!?」
僕の言葉の後に続いて、ピャーロットも復唱する。
それに対して、モジャモジャ頭のオコモは、ボンヤリとした表情でのんびりと答える。
「どうしたんだ~?」
ハァハァハァと息を切らしながら、僕は尋ねる。
「ハァハァ…さっきの君の話じゃ、『食事をしなくても死ぬことはない』ってことだっただろう?それなのに、僕はとってもお腹が空いてきてしまったぞ。これは、一体、どういうことなんだ!?」
ハハァ~という顔をしながら、オコモは答える。
「ああ~、そういうことか。ごめんごめん、言い忘れていた。確かに、食事なんてしなくても、死ぬことはない。ただ、そりゃあ腹は減るよ。だって、人だもの」
「やっぱりか…」
「でも、そんなものは我慢すればいいんだ」
「我慢なんてできないよ…」と、僕は情けない声で返す。
「そうか、そうか。そうだよな。だったら、木の実でも取って食べればいい。森の中にいくらでも生えてるから」
そう言って、少年オコモは、木の実のなっている場所まで案内してくれた。
最初から、そうしてくれればよかったのに…
*
オコモに連れられてやって来た所には、様々な実のなっている木が生えていた。
梨に似た果物もあれば、バナナのようなものがなっている木もあった。どの木にもハシゴが立てかけてあって、誰でも登って実をとれるようになっている。
僕は適当にいくつかのハシゴを登っては、次々と実をもいでいった。
そうして、その場でガツガツとそれらを食べ始める。
「う、うまい…果物がこんなにうまいものだったとは!」
僕は感動に打ち震えながら、次から次へと果物に手を伸ばしていく。
そこに、オコモが話しかけてくる。
「でもね、君。こんなコトも我慢できないようじゃ、これから先が思いやられるよ。小説を書くっていうのは、とても大変なことなんだ。空腹ぐらい我慢して書き続けられなければ、アレやコレやといろいろな困難が立ちはだかった時に、とても執筆なんて続けられやしない」
「モゴモゴ…」と、僕は返事をしたが、口に食べ物が入っていてうまく言葉にならない。
だけど、オコモの言っているコトは、もっともだった。
僕は“史上最高傑作”を生み出す“世界最高の小説家”になるはずなのだ。にも関わらず、こんな風に、さっそく泣き言を言っている。こんなことで、この先やっていけるのだろうか?
それでも、お腹は空いてしまう。それは仕方がないことなのだ。
いい小説を書くには、いろいろと条件が必要だ。
その条件の1つに“空腹を満たす”というものがある。お腹いっぱいにとまではいかないまでも、少なくとも、小説を書くための集中力を欠かないくらいは満たして欲しい。
果して、それはワガママというものなのだろうか?
お腹がいっぱいになると、僕はもう1度オコモに向って質問をした。
「空腹で死ぬことがなくてもお腹は減るってことは、大ケガをすれば痛みを感じるってことかい?」
オコモは、平然とした顔で答える。
「そりゃあ、そうさ。ナイフで刺されれば、ケガもすれば、痛みも感じる。首を切られれば、血がドバドバ出るし、物凄く痛いだろうね。もしかしたら、死んだ方がマシだって思うくらいかも」
「それじゃあ、意味がないじゃないか!」と僕は驚いて答える。
「ソレジャア、イミガナイジャナイカ!」と、オウムのピャーロットも復唱する。
「そんなことはないさ」と、オコモ。
「なぜ?」
「ナゼ?」
「だって考えてもみたまえ。生きてるんだぞ。生きてるってのは、死ぬのとは違う。どんなに痛かろうとも、苦しかろうとも、辛かろうとも、生きていさえいれば小説は書ける。ここは、そういう場所なんだ」
フ~ム…と、僕はそれを聞いて納得してしまう。
確かに、な。生きてさえいれば小説は書ける、か。
「でも、首を切られたら、その後はどうなるんだ?そのままなのか?それとも、いずれは治るのか?」
「イズレハナオルノカ?」
「そりゃあ、治るだろうさ」と、オコモは、さも当然だという風に答える。
「治るって、どのくらいの期間で?」
「ドノクライノキカンデ?」
「それは、人によるな。すぐに治ってしまう者もいれば、ゆっくりと時間をかけて自然治癒していく者もいる。そこら辺は、精神力の差だな。オイラも、実際に腕に切り傷をおった奴を見たことがあるけど、ス~ッと傷が消えていったものだ。まるで風でも吹くかのように」
「そんなものか…」
「ソンナモノカ…」
「そんなものさ。なんだったら、試しに自分でやってみればいい」
オコモには、そう言われたが、とても僕にはそんな勇気はなかった。自分で自分の体を傷つけて、それが治癒していく様子を眺めるだなんて。
「え、遠慮しとくよ…」
「エ、エンリョシトクヨ…」
「そうか。だけど、自分で望まなくても、自然とそういう事態に遭遇する時も来るかもな。望むか望まないかに関わらず、いつの間にかそうなってしまっているもの。それが運命ってもんだ」
オコモは、そんな風に意味深なセリフをはいた。
*
それから、僕は小屋に帰って、今度こそ小説を書こうと机に向った。
でも、どうしても新しいアイデアが降りてこない。それに、お腹がいっぱいになってしまったせいで、今度は眠くなってきてしまった。
「仕方がない。今夜は、もう寝るか」
僕は1人でそうつぶやく。
いつの間にか、外は暗くなっていた。
さっき起きたばかりだと思ったのにもう夜だなんて、なんだかおかしな話だな、と思った。が、そういうコトもあるのだろう。人は一生懸命になっていると、時の流れを忘れてしまうものだ。
今夜は、もう寝よう。グッスリと眠って、明日小説を書こう。小説を書くには、いろいろと条件が必要だ。その1つは、“充分な睡眠”なのだから…