ガンコオヤジの経営するラーメン屋のごとく
読者を意識し始めた僕は、鏡の中の悪魔の忠告を無視し、読者寄りの小説を書き始める。
もちろん、これまでもファンタジーやSFや恋愛モノなど、エンターテインメント性の高いジャンルには何度も挑戦していた。
ただし、それらの作品も内容的には文学に近いものだった。仮にそれを文学とは呼ばないとしても、作者寄りの小説であったことだけは間違いがない。
“完全に作者の世界を構築したタイプの小説”であり、内容的には一切読者を無視してしまっていた。
たとえるならば、ガンコオヤジの経営するラーメン屋のようなものだ。
「は~い♪お客さん、いらっしゃいませ~!どうぞ、当店で気持ちよくお食事を楽しんでいってくださいね~♪」などという接客態度は取らず、客をツッケンドンに扱う。
「は?また客か?まあ、食いたいなら食ってけ。ただし、この店の流儀に従え。それができないような輩は即刻この店から叩き出してやるからな!」
店のノレンをくぐったお客さんは、開口一番、ガンコオヤジにそう怒鳴られる(あくまで、これは“たとえ”だ。実際には、僕の書いた本の1ページ目を開いた瞬間ということになる)
だが、その味は折り紙つき。店のオヤジの態度は気に入らないが、その味を求めて何度も来店する固定客が何人もいた。ただし、そのリピーターの数はそう多くはない。
かと思えば、ふとした機会に、ガンコオヤジが妙なやさしさを示したりすることもある。
受験の失敗や失恋で落ち込んだ常連客の前に、そっといつものラーメンが差し出される。頼んでもいない味つけ卵が1つ、ドデンとラーメンのどんぶりの真ん中に乗っている。
「オヤジさん。これ…」と、常連客。
「いいから食え。食ったら、サッサと帰れ。営業の邪魔だ」
「はい…」と、答えつつ、ズズズ~と常連客はラーメンをすする。
「ま、誰しも辛い時期の1つや2つはあるものよのう。この店だって、生半可じゃあなかった。そりゃあ、客が来なくて潰れそうになったコトも1度や2度じゃあないわな」
などと、いつもは厳しいガンコオヤジが、しんみりと語ってみせたりする。
これまで僕が書いてきた小説というのは、こういうものだったのだ。
それを僕は方向転換しようとしていた。それも、全く別の方向へと!
まぶしいライトに照らされた明るい店内。壁にはセンスのいい装飾品がディスプレイされていて、実に雰囲気がいい。若いカップルや家族連れも気軽に訪れることができるように徹底的に接客態度にも気を使う。
「いらっしゃいませ~♪」
「どうぞ、並んでお待ちください♪」
「席はこちらになります」
「お待たせして申し訳ありませんでした」
などと、若い女性やイケメンの店員が腰を低くして対応する。
そのような小説に切り換えてみた。
表現方法だけではなく、内容も徹底的に読者の望むようにしてみた。
「ここで、主人公はこう行動するだろうな~」という読者の期待を決して裏切らない。
これまでだったら、“理想の読者”を驚かせようと、全く逆の方向へとストーリーを展開させていた場面で、そうはしない。読者が最も望み、最高に快感を与えられるようにストーリーを進め、キャラクターを動かす。
いかにも、「このキャラクターが言いそうだな~」というセリフを吐かせ、キャラクター性を統一し、貫く。主人公は主人公らしく。悪役は悪役に徹する。脇役は脇役の役割を演じ、おどけてみせたり、主人公のサポートをしてみたりする。決して、それ以上はでしゃばらない。
おかげで、以前に比べると読者の数は増えた。
元々読者数が少なかったせいもあり、“激増した”と表現してもいいくらいだ。
ただし、1つ弊害が生まれた。
なんだか小説を書いていても、情熱がわいてこないのだ。決して、心の底からツマラナイというわけではなかった。確かに、大勢に読んでもらえるのは楽しかった、それはそれで満足して作品も書き続けていた。
でも、それは以前のような地獄の業火のごとき圧倒的な火力ではなかった。もっと、小さな情熱の炎。家庭用のガスコンロとか、焚き火とか、せいぜい業務用のガスバーナー程度のものだ。
「なんだか、イマイチ燃え上がらないな…」と、僕は1人つぶやく。
「これって、ほんとに“小説を書いている”って言えるのだろうか?」という疑問が心の中に生まれ始める。そうして、その疑惑は徐々に心の世界を浸食していく。
「そうか。これって…」
僕は、以前にこれと同じ感覚を味わったコトがあった。
それは、ゲームだ。テレビゲームのハードモード。
ハードモードやヘルモードなど過酷な条件でゲームをプレイできるようになったプレイヤーは、ノーマルモードでは、もはや満足できない。ましてや、イージーモードなどでは…
今の僕がやっているのは、それだった。ハードモードに慣れてしまって、ノーマルモードやイージーモードでは物足りない体になってしまっていたのだ。
「果して、どうするべきなんだろう?」
僕は真っ白な世界の真ん中にポ~ンと投げ出され、ポツンと独りたたずんでいるような気持ちになってしまっていた…




