“読者”という概念
僕の書く小説には、致命的な欠点が1つあった。“読者”という概念が完全に抜け落ちてしまっていたのだ。
もちろん、それは半ばわざとやっているコトではあった。自分自身でもその欠点に気がついている。それでいて、直そうともしない。
読者ではなく、完全に作者優先。というよりも、作者しかいない世界。
「小説というのは、作者が作り上げるものであり、読者は後からついてくるものである」という考え方に基づいて書かれている。
そして、また「それでいいのだ!」と思い込んでしまっていた。
こうなってしまったのには原因があった。その原因自体も、僕はよく理解している。
それは、悪魔から伝授された訓練法にあった。
「お前の好きに書けばいい。お前の望む小説を、お前の望む形式で書け。いずれ、それがお前の長所となり、才能となるだろう」
そう言われ続けて育てられてきたからだ。
僕は、その言葉を信じ、その言葉通りに自分の好き勝手に小説を書き続けてきた。おかげで自分らしい小説を書けるようにはなった。それも、とんでもないスピードで!常人からしたら信じられない程の圧倒的速さ!決して書き殴ることなく、丁寧に丁寧に書き進めて、そのスピードだ。
量だって負けてはいない。いかに執筆スピードが速くとも、休み休み書いているのでは意味はない。そうではなく、ほとんど休みなしに毎日小説を書き続けた。
おかげで、月に1作か2作、コンスタントに長編小説を発表し続けられている。1作が軽く10万文字を越える小説だ。
悪魔の言っていた通り、この数年間の間に、それは完全に僕の長所となり、才能となっていた。他者を一切寄せ付けない圧倒的スピードと量!これは、完全に僕の武器となっていた。
もはや、その武器はナイフなどではなく、剣や銃…あるいは、爆撃機やミサイルと表現してもいい。はるか上空から空爆するように、バンバン小説を投下し続ける!
内容に関しても、全く妥協しているつもりはない。大きな流れだけではなく、細かい部分にまで目を配っている。誤字脱字など、ほとんど0に近いのはもちろんのこと、この森にやって来たばかりの頃に比べて語彙力は格段に増え、表現力は向上し、本格的な文学作品が書けるようにまで成長していた。
ただし、あくまでそれは“作者の視点から見た場合”なのだ。読者からは、そうは思ってはもらえないらしい。特に、世の中にゴロゴロ転がっている“普通の読者”からは。けれども、世界の大多数を占めているのは、そういった普通の読者なのだ。
そのような一番人数の多い一般大衆の心が掴めなければ、この先、小説家としてやっていける見込みはない。
そもそも、本格的な文学作品なんて、好んで読みたがるような読者の数は、そう多くはない。
だが、ある意味で、僕は読者のコトを誰よりも考えているとも言えた。
ただし、それは人数の多い普通の読者ではない。僕の頭の中に存在する“理想の読者”なのだ。
「理想の読者が、いかに驚いてくれるのか?」
「理想の読者の人生にとって、どのような小説が必要のか?」
「理想の読者が読みたがっている小説とは?」
そればかり考えて暮らしていた。
「こんな風な小説が読みたいな」
「主人公をこのように活躍させて欲しい!」
「軽く読めて、スカッとする!小説なんて、そんなものでいいんだよ」といった一般の読者の反応を一切無視してしまう。それどころか、全く逆の方向へ持っていってしまうのだ。もちろん、わざと!
「どうだ?凄いだろう?」
「これは、さすがの読者も予想がつかなかっただろう!」
「こんなコト、他の誰もやってないだろう!?」と、斬新なアイデアを盛り込み、予想外の展開にするたびに、僕は得意げになってしまう。
すると、普通の読者は離れていってしまう。僕が理想の読者を驚かせようとすればするほど、一般の読者はますます僕の書いた小説を読まなくなってしまうのだった。
僕は、そんな自分のスタイルをコレッポッチも崩す気がなかった。
鏡の中の悪魔も、こう言ってくれた。
「それでいいのさ。読者に媚びるな。媚びた小説は、確実に質が下がる。レベルが下がる。もちろん、世の中にはそういうタイプの作品というのも存在する。だが、それはお前には向かない。貫いて、貫いて、貫き通せ!それは、やがて結晶化し、美しき宝石となるだろう」
「うん、わかった!」と、僕はうなづく。
「それに…」と、悪魔は続けた。
「それに、そんなモノは後から覚えればいい。身につければいい。まずは、自分を極めろ。全てはそれからだ。ほとんどの作家は、それすらできていない。だから、軟弱な小説しか書けはしない。お前は、そうなるな。シッカリと腰のすわった重い重いパンチを繰り出せるようになるのだ!」
悪魔からは何度も何度も、そのように言い渡されていた。
もちろん、だからといって、読む人のコトを全く考えていなかったわけではない。
内容的には一切妥協はしなかったが、表現方法においては、かなり読者寄りにしてみた。相変わらず、僕の書く小説は地の文が長く会話が少なかったし、そもそも登場人物すらあまり出てこなかったが、それでも読みやすさにだけは最大限気を使った。それは、理想の読者ではなく、普通の読者でも読みやすいように。
完全に自分の世界を構築しつつ、それでも間口を広げるために、徹底的に読みやすい文章にする。僕が目指していたのは、それだ!
それでも、さすがにここに来て、方向転換を迫られているのかもしれない。
「もっと、大勢の人に読んでもらえるようなタイプの小説も書いていかないとな…」と、僕は少々弱気になり始めていた。




