誰もが物語の主人公になれるわけじゃない
この森にやって来たばかりの頃に比べると、比較にならない程の能力を手に入れた僕だったが、それでも調子の上がらない日というのは、やはりある。
朝、目覚めると、「なんだかやる気が出ないな…」という思いが心を支配し、机の前に座っても全然筆が進まない。前の日に書いた原稿を見直し、これから書かなければならない小説のアイデアのメモ書きに目を通す。普段ならば、ここからバリバリと書き進められるはずなのだが、なぜだかそれができない。
どうしたって、そんな日はあるものさ。それは、どんな天才作家だって同じだろう。いや、あるいは、“小説の神”ならば、そういうコトもないのかもしれない。そんな者がこの世界に存在するならば、だが。
小説の神…
それは、僕が心の中に生み出した空想の存在。世界中のありとあらゆるジャンルの小説を書き、現存する全ての技術をマスターした者。
僕が目指すのは、それだ。“究極の小説家”その正体は、小説の神である。
もちろん、あくまでそれは単なる目標に過ぎない。高く高く設定し過ぎたハードル。僕の頭の中にしかいない想像の産物。だが、もしかしたら、この世界にはその小説の神に限りなく近い人間というのがいるかもしれないじゃあないか。
だとすれば、僕は負けるわけにはいかない。この世界の誰にも負けちゃいけないんだ!たった1つ、この小説という世界においてだけは!
そんなわけで、今日も僕は書き続ける。僕だけにしか書けない、僕なりの小説を。
朝食はとらずとも、熱い紅茶を1杯だけ入れて飲む。いや、どうにもペースが乗ってこないので、今日は2杯だ。それでも駄目。3杯目の紅茶に手を伸ばす。
そうして、ようやく調子が上がり始める。徐々にだがペースに乗ってくる。
僕が小説を書くための原動力としているモノ、それは“情熱”に他ならない。
心の底からわき上がる熱き思い!それなくして、書き進めることはできやしない。
理由はなんだっていい。「誰よりも幸せになりたいから」でも「心の底から憎いあんちくしょうをぶっ殺すため」でも「変えなければならない世界があるから」でも、なんでもいいのだ。とにかく、心から燃え上がる思いさえあれば、それだけで。
それは、決して表面的な感情であってはならない。そうではなく、心の底の底から何もせずとも自然とわいてくる思いというのがある。それを利用するのだ!
たとえるならば、地の底に存在するという地獄の業火のごとく!
僕が広場を訪れる理由の1つは、それだった。
もはや、小説を書くための技術1つを身につけられる可能性は、ほとんど存在しなかった。そんなコトのために広場に行くのではない。そんな確率は、万分の1程度。そもそも、広場にたむろしている連中とは話が合うコトすらない。
だが、彼らも立派に僕の役に立ってくれていた。“間違った見本”として。まさに、“反面教師”というヤツだ。
「決して、あんな風にはなるな!絶対に、あそこまで落ちぶれるな!」といういい見本になるのだ。いや、悪い見本と言った方が正確だろうか?
いずれにしても、彼らは僕にエネルギーをくれる。
「こんちくしょう!なんでマジメに小説を書こうとしないんだ!お前ら、そんなコトでいいのか!?なぜ、立ち上がろうとしない!立ち上がって戦おうとしない!世界には、強大な敵がまだまだたくさんいるじゃないか!どうして、そういうどうしようもない程に凶悪な敵に立ち向かっていこうとしない!それこそが、小説を書く最大の醍醐味じゃないか!」
広場の連中と顔を合わせるたびに、そのような思いが心の底の底から自然とわきあがってくる。
これだけでも、存在価値があるというものだ。
「世の中には、役に立たない物など何1つない」という言葉がある。
あるいは、こうも言う。
「無用の用」と。
何もないところや、一見無駄に思える物にこそ、本当の価値があるという意味だ。
きっと、広場にいる連中もそういう役割を演じてくれているのだろう。
そもそも、世界にはいろいろな人間がいる。
全ての人間が主役にはなれない。なりようがない。最初は、誰も彼もが「自分は、この物語の主人公なのだ!」と信じて疑わない。だが、時と共に段々と学んでいく。理解していく。「ああ、そうか…自分は主人公なのではなかったのだ。世界の端っこに住んでいる村人の1人に過ぎなかったのだ」と。
僕は違う!僕は、この物語の主人公だ。さもなくば、悪役だ。もしも、主役になれないならば、悪役になってみせる!それも究極の悪役に!
全ての小説家や小説家志望者を滅ぼす究極の魔王。それになってみせよう。
この僕以上にやる気を見せない者、真摯に小説と向き合おうとしない者たちを徹底的に糾弾し、攻撃し、破壊し、滅する!
きっと、そういう役が僕には最高に合っている。
そう考えると、またワクワクし、心躍り、心の底から「よっし!また新しい作品を書いてやるぞ!」という思いがわき上がってくるのだった。




