オコモが広場にいる理由
僕がこの小説の森にやって来て初めて出会った少年。モジャモジャ頭のオコモ。
この数年の間に、オコモはもはや少年というには年を取り過ぎた年齢に達していたが、見た目はほとんど変わってはいなかった。ただ、ちょっとばかり顔のシワが増え、それ相応の年齢を感じさせた。
あるいは、それすらもこの森の成せる技だったのかもしれない。自分から小説を書くことを諦めない限り死が訪れないのと同じように、精神的に成長しなければ見た目もそんなには変化しないのかも。
いずれにせよ、オコモは変わっていなかった。僕がこの森にやって来たばかりの頃と同じように、いつも広場にたむろしていた。そうでなくとも、温泉につかったり、森の中をブラブラと散歩したりしていた。一通り森の中を歩き回れば、必ずどこかでオコモに出会った。そのくらいオコモは自分の小屋に帰ろうとはしなかった。
僕は疑問に思う。
「オコモは、一体、いつ小説を書いているのだろうか?」と。
その答は、非常にシンプルだった。
そもそも、オコモは小説なんて全然書いちゃいなかったのだ!
オコモは、いつも広場にいた。
広場にいて、誰かとしゃべってばかりだった。オコモにとっては、それで幸せだったのだ。
「小説を書くぞ!いつか本物の小説家になってみせるぞ!」と心の底から思いつつ、でも、実際には小説は書かない。それだけで生き残っていたのだ。この小説の森も、それでオコモの存在を許していた。
不思議な話ではあるが仕方がない。それが事実なのだから。
僕は、最初それを知った時、腹が立った。
「将来は、立派な小説家になるのが夢なんだ」と言っていたあのセリフは嘘だったのか!その思いは偽物だったのか!と。
けれども、そうではなかった。オコモにとっては、それは“真実”なのだ。嘘でもなければ、偽物でもない。真に心の底から、「小説家になるぞ!」と思い込んでいる。ただ、行動が伴っていないだけで。
オコモは、数年前のままだった。数年前に、この森にやってきたばかりの僕となんら変わりはしなかった。僕よりも前からこの森に住んでいて、あの時の僕よりも劣っている。小説なんて全然書こうとしやしないし、能力も全く上げようとはしない。まして、現在の僕と比べたら、その差は天と地ほどもある。
どんなにその思いが立派でも、その夢が本物でも、小説を全然書かないのでは小説家になどなれるはずがない。そこの所が理解できていないだけ。
言っておくけど、これは“おごり”なんかじゃない。
おごりでもなければ、高ぶりでもない。単なる事実。純然たる事実を語っているに過ぎない。僕以外の第三者から見ても、その差は歴然だっただろう。
なんだったら、他の誰かに聞いてみるといい。誰もが同じ答になるはずだから。
でも、僕にも心当たりがある。
オコモは、昔の僕なのだ。この森にやってきたばかりの僕の姿そのもの!熱意だけはあったけれども、それ以外は全く駄目!あの頃の僕なのだ!
だから、僕はオコモに向って一生懸命に語った。
「あの頃のままでいるな!小説を書け!能力を上げるのだ!」と。
けれども、今の僕がどんなに口を酸っぱくして言っても無駄だった。
「小説は毎日書くものだ!」
「でも、決して書き殴ったりなどしてはならない!」
「能力を上げ続けなければ!」
といっても、全然聞いちゃくれない。聞く耳すら持っていない。
「オイラは、オイラのペースでやるよ」と答えるばかり。
それは、オコモだけではなかった。他の誰に対して熱く語ってみせても、大抵返ってくる答は一緒だった。
「いや、オレにはオレのやり方があるから」
「人には、それぞれのペースがあるんだよ」
「毎日書かなくたって大丈夫。調子が上がってくれば、まとめて書けるようになるから。1日に最高何千文字も書けたことがあるんだ。あの時みたいに絶好調になれば、すぐさ」
などといって、なかなか重い腰を上げようとはしないのだ。にも関わらず、ニンフの泉に遊びに行ったり、レストランで豪華な食事にありついたり、広場でだべってばかりいる。
ちなみに、その分量は、毎日僕が書いている文字数と同じくらいだ。
しまいには、僕も叫ぶのをやめた。
「駄目だ、コイツら。もはや、話が通じやしない…」
そう思い、ついに僕の方も諦めてしまった。
僕は僕の道を進むしかない。他の誰もあてにはならないし、ライバルにすらなれやしない。自分だけの力で、自分だけの小説を書くしかない。
そもそも小説なんて、そういうものなのだ。独り孤独にコツコツと書き続けるしかないのだから…




