烏合の衆
5作同時執筆などという荒技に挑戦したおかげで、その内の1作は未完成のまま放置してしまうことになる。
その後も、僕は似たようなコトを繰り返してしまう。
何作もの長編小説を同時に進行させ、その合間に短編やショートショートなど短い小説も書き上げる。必然的に未完成のまま放置される作品の数は増えていき、5つも6つも途中まで書いたまま続きを書かなくなった作品が溜まってしまった。
さすがに、これには鏡の中の悪魔にも激怒された。
「中途半端に投げ出すくらいなら、最初から始めるな!」と、悪魔の怒声が飛ぶ。
「確かに途中で投げ出している作品はいくつもある。でも、その何倍も完成作品があるんだよ?むしろ、ほめてくれてもいいくらいじゃない?」と、僕はいいわけをする。
「甘ったれるな!究極の作家を目指すならば、全部完成させろ!自分から書き始めた作品は、最後の1文字まで書き上げろ!1つ残らず全部だ!」
僕は、シュン…と落ち込んだ。
けれども、それでも放置していた小説をそれ以上書き進める気は起きなかった。
「やらないと。やらないと。いずれは続きを書かないと…」と思いつつも、1度消えてしまった情熱の炎を再び燃え起こすのは非常に困難だった。
そうして、また新作に手を出してしまうのだ。
ただし、さすがに今回は僕も反省した。そうして、複数同時連載はやめてしまった。
1作を書き始めたら、その小説を最後まで書き通す。1作を書き終えるまでは、次の作品には手を出さない。どんなにおもしろそうなアイデアを思いついても、どんなに書きかけの小説に飽きてしまっても、必ず今書いている作品を最後まで書き終えるようになった。
どうしても我慢ができない時には、短い文章に抑えた。1日で書き終えられるような短い作品を書き、あふれ出る執筆意欲を抑えるのだった。
そうこうしている内に、休みが全くいらない体へと進化していく。
1つの長編小説を書いている途中に、次の小説の準備を始めるのだ。
こうしておけば、1作完成したら翌日からはもう新作に取りかかれる。タイトルや大まかなストーリー、主要な登場人物などはあらかじめ考え終わっているので、パッと最初の1文字を書き始められる。
以前は、長編小説を1作書き終えると、10日とか20日とかインターバルを必要としたのだが、それが必要なくなったのだ。
これは複数作品同時執筆の思わぬ副産物でもあった。あのムチャな行動は、書きかけの小説を何作も投げ出すというリスクを生んだが、同時にこのような新しい能力をも身につけさせてくれたわけだ。
*
この頃になると、鏡の中の悪魔から、森の広場に行く許可がもらえた。
「もう、充分レベルも上がって、他人に影響されることもなくなっただろう」というのが、その理由だった。
僕は、意気揚々と森の広場に向かい、同じような小説家志望者たちと話をする。
けれども、これがどうにも乗っていけないのだ。
「どうしたんだろう?なんだか話題が合わないぞ…」
心の中で、そう感じてしまう。
それは、そうだ。この数年の間に、僕と彼らとでは決定的に差がついてしまっていたのだから。
一番最初に、悪魔が「奴らのような烏合の衆になるな」と言った意味がようやく理解できた。
こう言っちゃ悪いけども、確かに彼らはレベルが低い。
広場にやってきている連中が書いている小説は、せいぜい年に1作とか2作程度。
それに対して、僕の方は毎月のように新作を発表しては、完成させていく。ヘタをすれば、10倍以上の差が生じてしまっている。まさに、桁違い!
それも、手を抜いたり、書き殴ったりした小説ではない。丁寧に丁寧に書き進めていって、この分量。むしろ、書き殴っているのは彼らの方だった。どうでもいい意味のないストーリーが続き、荒く適当な文章が散見された。
僕の方は、極力不必要な部分を削る。登場人物は必要最低限にとどめ、余計なストーリーもなるべく盛り込まないようにする。文章においてもそれは同じ。最小限の単語で構成されたシンプルな文。それらの言葉は、“どうしても必要だから”そこに存在するのだ。
なぜ悪魔が、広場に行くことを許してくれたのかもわかった。
僕は、全く彼らの影響を受けない。それどころか、影響を与えるのは僕の方なのだ。
そもそも、根本的に話が合わない。彼らの語っている小説に対する理論は、僕がこの森に来たばかりの時に口にしていたようなコトばかりであり、今の僕にとっては完全に無用の長物。意味のない代物と化してしまっていた。
これでは、話が合うはずがない。
何よりも決定的だったのは、彼らが小説を書こうとしなかったことだった。
こっちは必死になって、毎日毎日、小説を書き続けている。命を削りながら執筆に没頭しているのに。広場に集まる連中といったら、いつもくだらないおしゃべりばかり。そのくせ、肝心の小説の方は全然進まない。
「ああ、今日も書けなかった。全然進まなかった」
「アイデアが出てこない。どこかにいいアイデアは落ちていないかな~?」
「疲れたな。やる気が出ないな。やる気さえ出れば、いくらでも書けるんだけどな~」
などと、グチをこぼしてばかりなのだ。
そりゃあ、そうだ!
あたりまえだ!
あたりまえ過ぎるあたりまえ!
当然過ぎる当然!
だって、彼らはちっとも小説を書こうとしていないのだもの!小説に対して、真摯に向きあおうとすらしちゃいない!
もしかしたら、彼らにとっては“一生懸命やっている”のかもしれない。“全力を尽くしている”のかもしれない。
でも、そんなものは、僕にとっては全然マジメにやっていないようには見えない!全く本気じゃない!本気のカケラすら出しちゃいない!
これでは、“烏合の衆”だと言われても仕方がない。




