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明日の分を書いておく

 朝起きたら、まず小説を書く。僕は、それを徹底していた。

 いや、目が覚める時間はマチマチだ。まだ日が昇る直前の薄暗い時間に起床することもあれば、お天道様てんとうさまが完全に頭の上を通り過ぎた時間になってからようやくノンビリと起きてくることもある。

 なので、“朝起きたら”という表現は間違っているかもしれない。それでも、起きてからすぐに小説を書き始める。


「フワワ~」と大きなあくびを1つして、無理矢理にでもやる気を出す。

 ボンヤリとした頭の中で机の前に座り、原稿用紙を手にする。昨日書いた原稿を軽く見直し、続きを書き始める。すぐにサラサラと進み始める時もあれば、随分と時間がかかってしまう日もある。

 この時、食事はしない。せいぜい熱い紅茶を1杯いれる程度。食事は、小説を書き終えてからだ。


 1時間か2時間して、1話を書き終える。これで、大体その日のノルマが半分くらい終わっている。ペースに乗っていれば、そのまま書き続ける。これで、もう1話書き終わり、その日のノルマは達成。


 どうにも調子が上がらない日もある。そんな時は、ここで食事に出かける。

 別に豪華な食事など必要はない。森の中になっている果物で充分だ。仮にレストランに行くにしても、質素な料理でいい。栄養のある物でお腹がふくらみさえすれば、なんだっていい。味は2の次だ。

 それから、「小説を書いている時は、食べる物なんてどうでもいいんだよ…」などとつぶやきながら森の中を歩き回る。

「それよりも、次のアイデアだ。次の展開をどうするか?新しいキャラクターを登場させるか?それとも、もうちょっと落ち着いて今のストーリーを進めていくか?」

 散歩をしながらも、頭の中は目まぐるしく回転している。

 そうして、パッと斬新なアイデアが思い浮かべば、急いで小屋に帰り、あとはバリバリと執筆するだけ。そうでない日は、いつまでも森を散歩したり、温泉につかったりしてアイデアを練り続ける。


 この後、どうしても続きが書けない日は、その日の作業はここまで。以前のように、無理をしてでも午前0時までに原稿用紙を埋めるということはしない。だが、大抵はどうにかなる。何かしらいいアイデアが思い浮かび、原稿は完成している。

 ここまで書けない日は、せいぜい10日に1度か2度といったところだろう。それでも、朝起きてすぐに書いた1話がある。なので、全く何も書かないという日はない。


 僕は、ひたすらにこの生活を続け、完成原稿の山を築き上げていった。


         *


 そうこうしている内に、小説を書く能力は上がっていく。

 執筆の速度は上がっていき、1日に書ける量も増えていく。次々と新しい能力を身につけていき、独自の技術をいくつも開発した。

 その中の1つに、“明日の分を書いておく”というのがあった。


 僕は毎日のノルマを決め、一応はそれを守るようにはしていた。100%完璧でなくともいい。いくらかノルマに達しない日もあったが、それは別の日でカバーする。平均して、自分の決めた文字数を書けていればいい。

 もちろん、量だけにとらわれていてはいけない。それ以上に重視するのは質の方だ。質を落としてはなんにもならない。それは、誰に言われてやるわけでもない。どこかで待ってくれている読者でもなければ、鏡の中の悪魔でもない。あくまで、おのれの基準だ。手を抜けば、すぐにわかる。それは、自分自身が一番よく理解している。


 そのノルマというのは、1日あたりの文字数だ。朝起きてから、夜ベッドにもぐり込むまでに書いた量。

 だから、ノルマを達成したら、その日はそれで終わり。大きくノルマ文字数を上回ることなく、あとは遊んで過ごす。余程よほど筆が乗っている日は別だが、それ以外の日はさっさと切り上げて終わりにしてしまっていた。


「だけど、このやり方だと、これ以上の進展は望めないな…」と、僕は気がついた。

 そこで、ほんのちょっとだけやり方を変えてみた。

 翌日の分も書いておく。ちょっとでも書き始めておくのだ。

 完成原稿でなくとも構わない。ほんの数行でもいいし、メモ程度のアイデアでも構いはしなかった。とにかく、何かしら書いておく。

 “何を書くか?”さえ決まっていれば、その日はサクサクと書き進めることができた。そのキッカケとなる最初の数行だけでも前の日に書いておけば、随分と楽になるのだった。


 この能力はしだいにレベルアップしていき、やがては数行どころか数ページ分も書き溜めておくこともできるようになってきた。

 さらには、明日の分だけではなく、明後日あさってだとか明明後日しあさってだとか、もっとずっと先の展開を書き溜められるようになっていく。

 このように、僕は新しい能力を身につけるだけではなく、1つ1つの能力も確実に伸ばしていくのだった。

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