小説家を目指す少年オコモ
翌日から、さっそく僕は小説を書き始める…とはならず。
とりあえず、僕は森の中を散策してみることに決めた。
小説を書くには、いろいろと条件が必要なのだ。その条件の1つに“情熱”というのがあった。
僕には、「世界最高の小説家になってみせる!」とか「史上最高の傑作をこの世界に生み出してみせる!」という情熱はあった。が、残念ながら、この時の僕には「小説を書くという」単純な情熱が欠けていた。
それに、もう1つ。
小説を書く為には、“アイデア”が必要なのだ。
僕は、「森の中でもブラブラしながら、新しい作品のアイデアが降りてくるのを待つか」などと悠長に構えていたわけだ。
*
オウムのピャーロットを肩に乗せ、小屋の外へと歩き出していく僕。
道に迷わないように、シッカリと周りの景色を覚えながら進んでいく。
すると、しばらく進んだ所で森の木々が開け、広場へと出た。
広場には、他にも僕と同じような小説家志望者が何人もいた。
皆、何をすればいいのかわからずに、僕と同じように森に探検に出てきたようだ。
そこで、僕は1人の少年と出会う。
少年は、背が低く、モジャモジャの髪の毛をしていた。そうして、肩には1匹のヘビを乗せている。ちょうど僕が肩にオウムのピャーロットを止まらせているように。
「やあ、オイラはオコモ。この小説の森で、小説を書いているんだ。将来は、立派な小説家になるのが夢なんだ。君も、そうかい?」
「ああ、そうだよ。僕は、これまで誰も書いたこともないような史上最高傑作を生み出す世界最高の小説家になるんだ!」
「そうか。オイラたち、気が合いそうだね。これから、仲良くやっていこう」
そう、オコモは言った。
「ああ、いいとも」と、僕は答えた。
これは幸先がいい。この小説の森にやってきた翌日に、さっそく友達ができるとは。この先も、うまくやっていけそうな予感がする。
「コイツは、スネック。ヘビのスネックさ」と、オコモは自分の肩に巻きついている1匹のヘビを紹介してきた。
「こんにちは。スネックです。今後とも、どうぞお見知りおきを」と、ヘビのスネックが丁寧にあいさつしてくる。
それに対して、僕もピャーロットを紹介する。
「こっちは、ピャーロット。オウムのピャーロットだ」
「ピャーロット!ピャーロット!オハヨウ!コンニチハ!アリガトウ!」と、僕の肩に止まっているオウムが答える。
なんだか、言葉の使い方が怪しい。昨日は、ちゃんと喋っていたのに。もしかしたら、あまり賢い鳥ではないのかもしれない。今度、徹底的に教え込んでやらなければ。
そう、僕は思った。
「ここは長いのかい?」と、僕はオコモに向って尋ねる。
「ああ。もう半年くらいになるかな。ボチボチやってるよ。何かわからないコトがあったら聞いてよ。なんでも答えるから」と、オコモは先輩風を吹かせるわけでもなく、やさしく言ってくれた。
「ありがとう。では、さっそく。みんな、食事はどうしてるのかな?」
「ああ、食事か。食事は必要ないんだ。不思議なコトに、この小説の森では、ご飯を食べなくても死ぬようなことはない。それどころか、何をやっても死なないんだ。“死ねない”と言った方がいいかもしれない。ただ1つの例外を除いてはね」
「ただ1つの例外?」
「そうさ。それは、“諦める”コトさ。『もう駄目だ。小説家になんてなれはしない。2度と小説を書けはしない。かといって、森の外の世界でも生きてはいけない。もう死ぬしかない』心の底からそう思った瞬間に、そいつは死を迎えるんだ」
なるほど。昨日、小屋で見た白骨死体は、そういうわけだったのか。
いくじのない奴め。途中で小説を書くのを諦めるだなんて。僕は、絶対にそんな風にはならないぞ!
「ところで、死を迎えることもなく、森の外に出ていくことだってできるんだろう?」と、僕はさらに質問を重ねる。
「ああ、もちろんさ。森を出ていくのは簡単だ。心の底から、それを望めばいい。その時の方法は2つ。『もういい。もう充分だ。もう充分にレベルの高い小説が書けるようになった。この森は必要ない』そう思って、堂々とこの小説の森から出ていくか。さもなくば…」と、オコモは1度、そこで言葉を切った。
「さもなくば?」
「さもなくば、逃げ出すことだ。『もうたくさん!2度と小説なんて書きたくはない!残りの人生は、つまらない退屈な労働に従事しながら、一生懸命マジメに働いて生きていく!小説なんて書けなくていい!』そうやって、この森から逃げ出していくかだ」
なるほどね。堂々と出ていくか、惨めに泣きながら敗走していくか、そのどちらかか。おもしろいじゃないか。ようし!やってやろう!
心の中でそう決心しつつ、1つの疑問が浮かんでくる。
「でも、それじゃあ、小説家になるのを諦めて死を迎えるのと、この森から逃げ出すのと、どう違うんだい?」
その質問に対して、オコモはこう答えた。
「違いか…そうだね。あえていうならば、“他の生き方ができるかどうか?”にかかってるんじゃないかな?小説を書くのを諦めて他の人生を目指す者は、この森から逃げ出す。それすらできないような者は、この森でひっそりと死んでいく。それが違いなんじゃないかな?」
なるほどね。
ま、僕にとっては、どっちでもいい。どっちも同じだ。小説家になるのを諦めるだなんて、死んでいるのとおんなじだ。どんなに物理的に生存していようとも、心は死んでいる。人として死んでしまっている。
それだったら、この森で朽ちていく方が、まだマシというものか…
「どうも、いろいろとありがとう。そろそろ、家に帰って小説を書くことにするよ」と、僕はオコモにお礼を言った。
「どういたしまして♪また何か疑問に思うコトがあったら、いつでも聞いてくれればいい。オイラは、いつもこの辺りにいるから」
親切にも、オコモはそう言ってくれた。
こうして、僕らは別れを告げ、僕は小説を書こうと小屋へ向った。