枚数よりも文字数を意識して
それから、僕は再び小説を書き始めた。
「今後は、お前の好きに書くがいい。内容も執筆ペースも自由だ。ただし、あまりにも酷い作品を書いていたり、怠けてばかりいたら、忠告はさせてもらう」
そう悪魔からは言われていた。
なので、僕は自分で締め切りを決め、ノルマを決め、それらを着実に守りながら小説を書き進めていった。
「とりあえず、月に1作をコンスタントに書けるようにしたいな。しかも、長編小説を。これまで、大体、原稿用紙で300枚くらいまでしか書いたことがないから、そろそろ400枚以上を目標にしなければ」
そう考えて、長い小説を書けるように目指して走り出していた。
さらに、この頃から、原稿用紙の枚数ではなく、文字数を意識し始める。
元々1枚あたりの文字数は多い方で、ビッチリと文字を埋めているページも多かった。平均すれば、400字詰めの原稿用紙で300文字以上は軽く書いていただろう。
「ただ、この方法だと、文字が詰まりすぎていて読者にとっては読みづらいかもしれない。もっとゆとりを持って書いてみよう。改行を増やし、空白の行を増やし、会話も増やしてみよう。そうすることで、小説の密度は低くなるだろう。けれども、圧倒的に読みやすくもなるはず」
そう思い直し、完成した原稿を、原稿用紙枚数ではなく文字数で数え始めた。
「長編小説1本が大体10万字程度だと聞く。まずは、1作10万文字を目指して書こう。これまでよりも多少内容は薄くなってしまっても構わない。元々、内容が濃すぎて読者に敬遠されていたきらいがあった。少々薄くなった方がいいくらいだろう」
そう考えて、とにかく“読みやすさ”と“空白を増やす”ということを意識しながら書き進めていった。
内容を薄めて、原稿用紙1枚あたり250文字程度に落としてやれば、それでちょうど10万文字が原稿用紙400枚になる。目標としていた枚数にも達するだろう。
もちろん、質の方も落とさない。
いくらか密度は低くするが、それでも作品全体の質を落とす気はサラサラなかった。
僕は1話1話に全力投球し、1行1行を必死の形相になって書き進めた。そのおかげもあってか、順調に原稿の方は進んでいく。
見事、1ヶ月後には10万字をちょっと越えるだけの長編小説が1本完成した。
「どうだ?これまでの訓練で、小説を書く“基礎体力”のようなものがついただろう?」と、鏡の中から悪魔が話しかけてくる。
「確かに…」と、僕は納得する。
これまでで最長の小説を書きながら、疲れはそれほどでもない。むしろ、最も疲れが少なかったと言っても過言ではない。
決して手を抜いたわけではない。これまで通り1つの作品に没頭した。持てる力の全てを投じ、まい進した。にも関わらず、消費エネルギーは少なく抑えられていた。
今回は、自分でも得意な分野を書いていたというのもあるだろう。だが、それ以上に“効率よく小説を書き進める術”というのを身につけられたようだった。
これが、悪魔の言う“小説を書く基礎体力”というものなのだろう。
さて、この小説の森にやって来てから、どのくらいの時間が過ぎ去ったのだろうか?1年だろうか?2年だろうか?もう数年は経ってしまったか?
もはや、時間の感覚がなくなってしまっていた。いずれにしても、小説を書いていなければ、無駄に過ごしていた時間だろう。そういう意味で、僕は感謝していた。この森と出会えたことを。鏡の中の悪魔に指導を仰げたことを。
「そろそろ、この森を出ていく時が近づいているのだろうか?」と、時々考えることがある。
だが、そのたびにブンブンと僕は頭を横に振り、とどまる。
「まだだ。まだ“世界最高の小説家”にはなっていない。それどころか、一流の小説家にすら程遠い。まだまだ自信を持って世間様にお見せするような作品にはなっていない。もっともっと能力を上げて、さらにレベルの高い作品を生み出してみせる!」
もちろん、僕は自分の作品にはかなりの自信を持っていた。だが、「それが“史上最高の傑作”か?」と問われれば、「ノー」と答えるしかない。
「もっともっと腕を磨かねば!書ける作品の幅も広げ、技術も上げ、人々を驚かせるだけの作品を生み出せるようにならなければ!」と、決心し直すのだった。




