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もっとウマイ料理をくれ!

“決して書き殴らず、毎日原稿用紙8枚以上の小説を書く”

 これが、思った以上に大変だった。つらかった。小説を書くか、小説について考えている以外の時間は全くなくなり、以前のようにゆっくりと森の中を散歩したり、温泉につかったりする暇すらなくなってしまった。朝から晩まで小屋の中に引きこもり、最低限の食事の時以外は、ほとんど外に出ることすらなくなった。最後の方は、もう泣きながら書き進めた。


 そのおかげで、どうにかこうにか1ヶ月後には1つの作品が完成した。

 内容的には所々穴だらけではあったが、それでも総合的にはかなり満足のいくデキとなった。いくつも不満点はあったが、今回も大きな変更は行わず、細かい修正点だけにとどめた。


「ふぅ…どうにかやりきったよ」と、僕。

「おつかれさま」と、鏡の中の悪魔は一言だけ発して、内容に関しては何も言わなかった。

 それでも、その行為自体はほめてくれた。

「ま、よくやったんじゃないか?誰に言われたわけでもなく、自分自身でノルマを設定し、それを守りきった。そういう行為は、必ずお前自身の力となる。それも、大きな力にな」と。


         *


 さすがに、今回の作品は僕から膨大なエネルギーを吸い取ってしまい、ヘトヘトに疲れ果て、すぐには次の作品に取りかかれないほどだった。

 以前の大きな後遺症こういしょうほどではなかったが、それでも休みが必要だった。心の底からゆったりとできる長い休息の期間が。それが、3日になるか、10日なるか、はたまた2ヶ月も3ヶ月も必要なのかはわからなかったが、とにかく小説のコトは頭の中から一切消して、ゆっくりと休みたかった。


 そうして僕は悪魔から許可をもらい、しばらくの間、小説を一切書かない暮らしをすることにした。

「一体、何ヶ月ぶりだろうか?こんな風に全く小説を書かない日があるだなんて」

 ボンヤリとした頭の中で、そんなコトを考えながら、森の中にある温泉につかる僕。


 それから、毎日のように巨大図書館に通い、読書に没頭した。とにかく、情報が不足していた。ここ何作かで頭の中にあったアイデアを出し尽くしてしまい、頭の中のアイデア倉庫を物資で埋め尽くす必要があったからだ。

「なんでもいい!なんでもいいんだ!とにかく吸収しなければ!」

 そんな思いにられて、僕は図書館にある書物を片っ端から読みあさっていった。小説・歴史書・新聞・雑誌・料理本に、世界中の動植物や鉱石がカラーで載っている図鑑。戦争に関する資料や、文化人類学、将棋や囲碁などの趣味に関する本などなど。

 内容なんて、なんでも構わなかった。とにかく、量が欲しかった。情報量が必要だった!


 なので、何を読んでも、何が目に入ってきても、とにかく楽しかった!

 触れるモノ、触れるモノ、全てが新鮮に思えた!

 まるで、地獄に住む餓鬼がきのごとく、食っても食っても食い足りない。

「もっとくれ!もっとくれ!もっと食料をくれ!」と体が要求するのだ。食料とは、もちろん情報である。


 そうして、段々と贅沢ぜいたくになっていく。

 ありきたりの本や雑誌に飽きてしまい、大抵の本では満足できなくなってくる。美食家の舌がえていき、並の食事では満足できなくなるように、僕もまたグルメへと変貌へんぼうしていった。

 “情報グルメ”である。


 それに比例していくかのように、リアルの食事の方も贅沢になっていく。

 もはや、森に生えている果物の木などでは満足できなくなってくる。

 さいわいなことに、森にはレストランがオープンしており、誰でも自由に無料で食事ができるようになっていた。

 レストランでは、この“小説の森”に住む小説家志望者たちが毎日ワンサカと訪れ、その絶品料理に舌鼓したつづみを打ち、コーヒー屋紅茶を飲みながら、おしゃべりに花を咲かせていた。


 僕も、そんな1人と化す。

 毎日毎日、レストランを訪れては、思う存分食べまくる。情報を吸収するにはエネルギーを必要とするのだ。ガシガシ、ガシガシと、出される料理出される料理、片っ端から胃の中へと詰め込んでいく。

「ウマイ!ウマイ!何を食ってもウマイ!どれだけ食っても満足できぬ!もっとくれ!もっとくれ!」と叫びながら、それでもまだ食べ続ける。まさに、地獄の餓鬼!

 ふと周りを見渡すと、他のみんなも同じようにガツガツと食いまくっている。そうして、その体はパンパンにふくれた風船のようになってしまっているのだった。

 僕は、自分の体を見直してみる。なんと、僕の体もパンパンの風船のようだ!

 さすがに、ちょっとあせり始める。それでも、食べるのをやめられない。次から次へと提供される絶品料理に、ハシを動かす手が止まらないのだ。

 脳内からは妙な麻薬が放出され、「もっとくれ!もっとくれ!もっとウマイもんをくれ!」と要求し続ける。

 それに合わせて、手は動き、口は咀嚼そしゃくし、胃は消化していく。

「これでもか!これでもか!」とひたすらに食べ続け、まだ止まらない。


 突然、パッ~ンと何かがはじけ飛ぶ音がした。

 続いて、パンッ!パンッ!パッ~ン!と連続して何かが割れていく。

 僕は贅肉ぜいにくでいっぱいの重い首をどうにか回し、辺りを見回してみると、それはレストランの客だった。あまりの食べ過ぎにより、体がパンパンにふくれあがり、そのまま破裂してしまったのだ。エネルギーの過剰摂取かじょうせっしゅである。

 いや、違う。そうではない。それだけが原因ならば、体が破裂して死んでしまったりはしない。なにしろ、ここは“小説の森”なのだ。小説家になることをあきらめさえしなければ、死ぬようなことはないのだ。

 きっと、彼らは心の底でこう思ってしまったのだ。

「もういい!もう小説など書かなくてもいい。小説家になどなれなくても構いはしない。ただ、このレストランでいつまでも最高の料理を食べ続けられさえすれば、それだけで!」

 その瞬間、体は破裂し、死んでしまったのだ。それは、小説家になることを諦める行為そのものであったのだから。


 僕はそれに気づくと、すぐにレストランから逃げ出した。

 全身がブクブクにふくれあがり、肉のかたまりとなった重い体を引きずり引きずり、どうにか自分の小屋の前まで逃げ帰った。

 だが、小屋に到着したはいいが、あまりの巨体で中に入れやしない。

 仕方がないので、僕は体が縮むまで小屋の前で寝泊まりして過ごすことにしたのだった。

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