小説家としての欲
鏡の中の悪魔から、次の指令が与えられた。
それは、「1ヶ月で1作の小説を完成させろ。1日も休まず、30日間毎日書き続けろ。内容は全く問わない。枚数も関係ない」というものだった。
これまでに比べると、随分とゆるい条件だった。
けれども、僕にとっては課題など、もはやどうでもよかった。
「毎日小説を書き続ける。それも、決まった枚数以上の小説を」などということは、既に当然となってしまっていた。当然過ぎるほどの当然。あたりまえ過ぎるほどのあたりまえ。
それよりも、「いかに高度な小説を書くか?」という方がテーマになっていた。
“小説家としての欲”のようなモノが出てきたわけだ。
「毎日コンスタントに小説を書けるようになった。ただ単に量を書くだけならば、そんなに難しいコトではない。おそらく、今のように丁寧に書き進めていくやり方をやめて、もっと書き殴るような書き方に変えれば、もっともっとたくさんの文章を書くことができるだろう」
僕は、そんな風に考える。
だが、その方法は悪魔から止められていた。
「それは駄目だ。小説というのは決して書き殴るようなモノではない。そんなコトをすれば、文章が荒れる。極端に質が下がる。作品の質がな。そうして、世の中にごまんといる有象無象の輩と変わらなくなる。だから、やめておけ。少なくとも、今はまだ…」
「今はまだ?」と、僕は問い返した。
「そうだ。もっと実力が身につくのを待つのだ。そうすれば、書き殴らずともスラスラといくらでも書けるようになる時が来る。質を下げず、無限とも思えるほどの量をこなせるようになる時が来る。その時までは、我慢しろ」
僕はその言葉を信じ、コツコツと書き続けていた。
決して書き殴らず、質を下げず、文章が荒れないように気を使いながら。できる限り自分の納得する形で原稿をあげていった。
そりゃあ、もちろん、午前0時という締め切りギリギリになって、どうしても不満の残る形で提出してしまう日もあった。けれども、そういう時でさえ、ほんとに限界ギリギリまで踏ん張った。持てる力の全てをぶつけ、己の限界まで挑戦し、決して手をゆるめようとはしなかった。
そこだけは、自負できる。自信を持って「全力を尽くしたぞ!」と断言できる。
まだまだ能力的には理想には遠く及ばない僕ではあったが、情熱だけは誰にも負けない。負ける気がしない。負けるわけにはいかない!
そうして、それは確実に完成原稿に表れているのだった。あとから読み直してみると、作品の端々に執筆していた時の熱のような物が残っていて、それらが文章の合間合間からもれ出し、ほとばしっているのを感じ取れた。
「悪魔は枚数は関係いないと言っていたが、前回が原稿用紙4枚だったから、今回は8枚でいくか。最低でも1日に8枚は書く。それを1ヶ月間続ける」と、僕は勝手に自分でノルマを設定してしまった。
決して書き殴らず、毎日8枚ずつ書いていく。そういう目標だ。
体の方も慣れてきたし、1ヶ月という短期間だし、このくらいならばどうにかこなせるだろうと判断したからだ。
だが、この後、この無理な目標が、かなりの負担となってのしかかってくることになるのだった…




