限界まで追い詰められた時にアイデアを思いつく能力
どうやら体が慣れてきたようだ。
“毎日最低4枚”というノルマを、苦労しながらもどうにかこなせるようになってきた。大体、日に5~6枚は書く。
もちろん、どうしても調子が上がらない日というのもある。それも、また事実。
朝起きてすぐに小説に取りかかれればよいのだが、そうできない日というのもある。
「何を書けばいいのだろうか?」と、迷い、考え、ただ時間ばかりが過ぎていってしまう。そんな日も多かった。
前作の失敗から、僕は“今後、書くべきストーリー”をいくつかメモしておくようになった。“ここだけは絶対に外せないチェックポイント”のようなモノだ。オープニングとエンディング、そして、そこまでにいたるまでの重要なエピソードのいくつか。
その用意しておいたエピソードを使用する日は簡単だ。朝から、楽々と執筆をこなし、1~2時間でその日のノルマを達成してしまう。
問題は、それ以外の日だった。書くべきエピソードを用意していない日は困る。あらかじめ、前日に何を書くか決めてから寝ていればいいのだが、そうできない日も多い。森の中を散歩したり、図書館で本を読んだりしながら、「さて、明日は何を書くかな~?」とボンヤリと考えるのだが、そうポンポンと新しいアイデアが降りてくるわけでもない。
もしも、パッと新しいアイデアが降ってくれば、どこにいようともサッと小屋に帰り、そのアイデアを書きつづっていく。そうして、翌日はそのメモを元に小説を書けばいい。実に楽な日だ。
それができない日は、朝から頭を抱えて悩む。
「どうしよう?どういうコトを書こう?主人公は、どこへ行って何がしたい?お前の行くべき道はどっちだ?」などと、ひたすらに何時間でも考え続ける。
家の中で思いつかない時は、外へ出かける。森の中を歩き回り、温泉につかり、必死に考え続ける。
そうこうしている内に、締め切りの深夜0時が迫ってくる。
「残り6時間」
「あと4時間」
「もう3時間しかない…」
そうして、「今夜こそ、もう駄目か!?」と思った瞬間に、素晴らしいアイデアが思い浮かぶ。
さっきまでそこには誰にもいないと思っていたのに、突然に透明人間が正体を明かし姿を現したかのごとく!
そこまで来れば、あとは簡単!バリバリと思いついたアイデアを原稿用紙に叩きつけるだけだ。
それでも、どうしても何も思いつかない日だってある。
そんな日は、そう多くはないのだが。週に1度とか、10日に1度とか、まあそのくらいの割合だ。
その時には、もうどうしようもないので、とりあえず書き始める。なんでもいいので書いていると、自然に乗ってくる。大抵は、それでどうにかなった。
むしろ、そういう限界まで追い詰められた時の方が斬新なアイデアを思いつくことが多かった。
だが、逆にどうしようもなく酷い目に遭う確率も上がる。この辺は、もうギャンブルである。締め切りまで残り3時間を切り、2時間もなくなる。こうなると、もう何がなんでも書くしかない!
そうして、原稿用紙に向かい、頭の中に思い浮かんだコトを片っ端から書きつづっていく。すると、自然と1つの形になっていく。こういう日は、賭けに勝利した日だ。逆に、支離滅裂で何を書いているのか自分でもわからなくなり、「とにかく量だけは書いた。ノルマだけはこなした」という日もある。これは完全に敗北。
もちろん、そのどちらでもないという時もある。その時は、まあ、ギリギリで勝利といった感じだろう。とりあえずノルマもこなし、ストーリー的にも無難。明日にもつながっている。
そんな風に危険な綱渡りをしながらも、僕は悪魔から出された指令をこなしつづけた。
人間やればできるもので、続けていれば、どうにかこなせるようになってくる。心や体も慣れてきて、ギャンブルになる日も減ってくる。どういう偶然か奇跡か知らないが、なぜだか締め切りまでにそれなりのアイデアが思い浮かび、事なきを得るのだった。
「“偶然も3度続けば、実力だ”なんて言葉もある」と、鏡の中の悪魔が言った。
「じゃあ、これも僕の実力だってこと?」
「そうだな。それだけ何日も原稿を落とさずに書き続けているんだ。もはや、それは“真の実力”と言っても過言ではないだろう」
そう、悪魔はほめてくれた。
「へへへ…ありがとう」と、僕は少し照れる。
「まだまだ不安定な能力ではあるがな。それを100%完璧な能力にまで引き上げろ。“大アタリ”の日と、“アタリ”の日と、“ハズレ”の日とがある。それ以外の日もな。それらを全部アタリに変えろ。できれば、全部を大アタリに変えろ。それができるようになったら、本物だ。この能力に関しては、一流と言っていいだろう」
「一流か…」
「そうだ。だが、油断するなよ。一流の条件は様々だ。締め切りに間に合わせ、いいアイデアも思いつく。それだけでは、まだまだだ。覚えるコトはいくらでもある。身につけるべき能力は、まだ山のようにある。とりあえず、1つずつこなせ。1つ1つ確実に身につけていけ。その先には、必ず“真の作家”への道がある」
“真の作家への道”か…
そう。僕は、それを目指して戦っているのだ。誰にも書けない最高傑作をバンバン生み出す史上最高の小説家!それを目指して、僕は今日も進み続ける!




