長い小説が書けない…
悪魔から出された次の課題は、「1日に最低4枚ずつ書いていく。それを2ヶ月間続ける」というものだった。前回が1日2枚以上だったから、一気に倍になったわけだ。
それでも、僕にはまだゆとりがあった。前作も平均で3~4枚程度は書いていたからだ。
最低枚数を4枚に引き上げられたことで、ちょっと厳しくはなかったが、決して無理な枚数ではない。むしろ、期間を短く設定されたことで楽になったくらいだ。
何作かの小説を書いている内に、僕は段々と自分の能力がわかってきた。それと同時に自分が抱えている欠点も。
「僕は結構ビッチリと文字で埋めてしまうタイプらしい。会話は少なめで、地の文は多め。400字詰めの原稿用紙に300文字以上は書いている。内容的にもそれは同じ。次から次へと何かしらのイベントが起き、ストーリーはポンポン進んでいく。なので、密度は高い」
「フム。それから?」と鏡の中の悪魔にうながされて、僕は話を続ける。
「それは長所でもあるけど、同時に欠点でもある。密度が高いというのは、内容が濃いというコトでもあるけど、読者にとっては読みづらい小説であるとも言える。読者っていうのは、もっと軽めでサクサク読める小説を求めているものなんだ」
「ま、多くの者はそうかもしれないな」
「その点は文章で補っている。決して膨大な語彙力があるわけではないし、難しい単語を使っているわけでもない。できるだけ誰でも読めるようにと、みんなが知っている単語だけを使うように心がけている」
「フムフム」と、悪魔は鏡の中でうなずいてみせる。
「かといって、極端にやわらかい文章というわけでもない。むしろ、どちらかといえば固めの文章を書くタイプ。使っている単語自体は誰でも知っているようなものでも、熟語も多いし、会話も少ないし、ちょっと堅苦しい感じがするかも?」
「まあ、今どきの軽めの小説と比べると、そうなるだろうな」
ここで僕は一息置く。
それから、再び一気にまくし立てる。
「ここからが重要。僕は決して長い小説が書けるタイプではない。1本の小説としてもそうだし、1話1話についてもそれは同じ。1文1文もなるべく短めにしている。長編を書くにしても、小さなアイデアを膨大に用意して、それらを組み合わせてどうにか1本の長編小説に仕上げる」
「それは、かなり大変な作業になるな」
「そう!それでも、僕にとっては最高のやり方なんだ。僕は決して長距離を走り続けられるマラソンランナーではない。生まれながらの短距離選手。スプリンターなんだ。となれば、その欠点には目をつむり、長所を生かすしかない。無理をして長距離を走ろうとしても長続きはしないからだ」
「ま、賢い選択だと言えるな」と、悪魔も言ってくれる。
「毎日毎日、短距離を全力疾走で駆け抜ける!ダッシュ!ダッシュ!ダッシュ!それを日に何本も繰り返す。さらには、それを毎日続け、やがては長い距離をも走破する!マラソンで走る距離を、何百本もの短距離走の積み重ねで走り終えるわけだ」
「だが、そのやり方にも欠点がある」
「そう。途中で飽きてしまうんだ。いくら1つ1つが短くても、何ヶ月も続けていると、やはり飽きてしまう。だから、できる限り短期間で終わらせたい」
「結局、能力を伸ばさなければ対応できないというわけだな。現状のお前では、あまり長い小説は書けやしない。せいぜい原稿用紙で300枚やそこらだ。だが、いずれそれ以上の枚数も書けるようにならなければならない時が来る」と、悪魔。
「能力を伸ばすならば、そこなんだ。できる限り長い文章を書けるようにしたい。1作もそうだし、1話1話もそうだし。とにかく、もっと長い小説が書けるようにならなければ!」
「そのためにどうするね?」と鏡の中から悪魔が問いかけてくる。
「そうだな…他の人たちの小説を読んでみると、もっと内容が薄いんだ。不必要な表現や、要らない情報がワンサカとある。もしかしたら、僕もそういう小説を目指すべきなのかもしれない。きっと、その方が文章は軽くもなるだろうし、ずっと読みやすくなるだろう」
その意見に対して、悪魔は不服そうな顔をした。
「だが、それでは今の持ち味を殺してしまうことになりかねない」
僕も、コクンとうなずいてみせる。
「そうなんだ。そのやり方だと、せっかくの長所を失ってしまうかもしれない。その可能性も高い。だから、一時、内容の薄い軽めの文章を書いてみる。その方法で何作か執筆してみて、ある程度長い文章が書けるようになったら、再び元のやり方に戻してみる。そうやって、2つの間でバランスを取るようにしてみたらどうか?と思うんだ」
「ま、いろいろやってみるがいいさ」と、悪魔は半分投げやりなような、それでいて楽しげな表情をして答えた。
そう!
僕には、まだいろいろと試さなければならないコトがある。そのためには、何作もの小説を書かなければ!
質を向上させるのはもちろんのことながら、たくさん量も書かなければならない!
こうして、また僕はあらたに決心を固め、目の前のノルマをこなすため、再び原稿用紙に向かい始めた。




