小説を書かない努力
悪魔からのアドバイスをもらい、僕は小説を書き続けた。
「では、前回は最低1枚だったから、今度は最低2枚だ。原稿用紙2枚。それを3ヶ月間、毎日欠かさず続けろ」
それが、次の悪魔からの指令だった。
実際のところ、前回も平均で2枚くらいは書いていた。それを最低枚数に引き上げられたところで、そんなに大差はない。
「ちょろい、ちょろい!」
僕は、そう言いながら執筆を開始する。
だが、口ではそう言いつつも油断はしなかった。小説を書く恐ろしさ・厳しさは、以前の経験で痛いほど理解している。ほんのちょっとでも油断すれば、パックリと地面に口を開けている穴に落ちてしまい、瞬く間に闇の中へと引きずり込まれてしまう。
それがよくわかっていたからこそ、淡々とした作業を続けることができた。
それは、まさに単純な作業の繰り返し。単調な日々の繰り返し。
朝起きて、まず小説を書く。時間にすれば、2~3時間程度だろうか?大体は、ここまででその日の作業は完了する。
それから、森の中へと食事に出かける。果物のなっている木から適当な実をもぎ取って口に入れる。もしも、この時点でノルマを達成していなければ、再び小屋に戻って小説を書く。終わっていれば、森を散歩しながら明日のアイデアを練り、図書館へと足を運ぶ。
この小説の森には、巨大な図書館があって、「世界中のありとあらゆる本が並んでいるのではないだろうか?」と思えるほどの蔵書量を誇っているのだった。
そうして、小説家志望者たちは、その大量の本を自由に手に取り学ぶことができるようになっている。
僕は、別に勉強のために本を読む気はなかった。「ただ単に暇だから。退屈すぎて、他にするようなコトもないから」それだけの理由で図書館に通い続けていた。そういう意味では、他の小説家志望者たちとは違っていただろう。
あくまで僕の使命は“小説を書くこと”であり“読むこと”ではないのだ。
「そんな時間があるんだったら、書きかけの小説の続きでも書けばいいんじゃないか?」と思われるかもしれない。だが、これがなかなか上手くはいかないものだ。
無理をして書けば、翌日、影響が出る。連続執筆記録が途切れる日が来る。絶好調だからといって10枚も20枚も書いてしまうと、その日はいいのだが、それ以降にツケが回ってくる。
アイデアは枯渇し、筆は進まなくなる。何を書いていいのかサッパリわからなくなってしまい、ペンを持つ手はプルプルと震え、原稿用紙を目にするのに拒否反応を示すようになる。
僕はそれを恐れていた。なので、“小説を書く努力”ではなく“小説を書かない努力”をするように努めていた。
最低限の執筆量だけは確保し、それ以上はピタリと止める。大体が、1日に原稿用紙で2~3枚といったところだ。調子がいい日でも、4~5枚にとどめる。悪魔から言われていたノルマは“最低1日2枚”だったが、それよりはちょっと上回るようにしていた。
これにより、新しいアイデアが途切れることなく、コンスタントに小説を書き続けることができた。
そんな生活を2ヶ月間も続けただろうか?
今回もマジメに書き続け、作品はほぼ完成した。けれども、残りの期間は1ヶ月近く残っている。もう何も書くコトは残っていない。どうすればいいのだろうか?
アイデア自体は、いくらでもあったが、それはもっと別の小説で使いたい。
「もはや、この作品でやりたいコトはやり尽くしてしまった」
そんな気持ちになっていたのだ。




