毎日着実に1歩ずつ
それから、僕は再び真摯に小説と向かい合い始めた。
前のように、締め切りギリギリになったりせず。あわてず、あせらず、ゆっくりと。だが、着実に小説を書き続けるようになった。
「ま、このオレも、少々厳しくしすぎたかな?」と、悪魔の方も反省していた。
鏡の中の悪魔から出される課題も、以前に比べるとゆったりとしたメニューに変更された。
「これからしばらくの間は、枚数を減らしてもらう。1日の執筆量を激減させ、代わりに毎日必ず書くようにしろ。最低でも、1日に1枚。1枚ずつでよい。ただし、1日も欠かすな。ただの1日も休まず、書き続けろ。それを3ヶ月間続けるのだ」
その指令に従い、僕はさっそく1枚目の原稿を仕上げた。
「この程度なら、ちょろいちょろい!」と、再び調子に乗り始める。
なにしろ、1日に50枚も60枚も書きあげた日もあるのだ。原稿用紙1枚なんて、準備体操にもなりはしない。あの時の経験は、酷い後遺症を残しはしたけれども、同時に大きな力と自信にもなっていたのだ。
僕は、ペースに乗って書き続ける。
2日目は、2枚。3日目は、3枚書けた。その後は、大体2~3枚ずつ進んでいく。どんなにゆっくり書いても、1日に2~3時間もあれば終わってしまう。早い日には1時間もかからない。残りの時間は、ゆったりと温泉につかったり、翌日のアイデアを練ったりして過ごした。
「明日は、何を書くかな~?」と、森の中を歩きながら考えれば、大抵は何かしらのアイデアが降りてきた。
明日書く内容を決めてさえおけば、翌日はグッと楽になる。
「そうか。小説というのは、原稿用紙を前にしてから書き始めるものではなかったのか。勝負は、それ以前に始まっている。いや、決まっているのだ」
僕は、そんな教訓を得た。
*
1日の内、執筆に使う時間は、せいぜい2~3時間に過ぎない。必然的に、時間が余ってくる。
そこで、僕は森の図書館に通うようになった。
この“小説の森”には、巨大な図書館があって、小説家を目指す者たちが「少しでも腕を磨こう!」と、足しげく通っているのだ。
最初、僕は「小説を書くのに、本なんて読まなくても構わないや」などと思っていた。読むよりも書く方が重要だと考えてからだ。
それは、事実その通りだった。
「小説家の使命は、ひたすらに小説を書くことである。読んでばかりでは、読書家にしかなれない。なれるとしても、せいぜい評論家とかそんなものだろう」
悪魔もそんなようなコトを言っていたし、僕もそう信じていた。
ただ、本を読んだとしても邪魔にはならない。いくらか語彙力は増えるだろうし、少しは執筆能力も上がるかもしれない。根本的な能力にはならなくとも、小手先の技術は身につくだろう。
けれども、僕にはそれ以上の理由があった。
何よりも暇だったのだ。暇で暇で仕方がない。1日に2~3時間しか小説を書かなくなったら、他にするようなコトがなくなってしまった。本でも読まなければ、やってはいけない。
これは極々自然な行為だった。誰に強制されたわけでもない、自発的な行為。
鏡の中の悪魔も、図書館に足を運んで本を読むこと自体を禁じたりはしていなかった。
「だが、忘れるなよ。悪魔でお前の使命は“小説を書くこと”なのだ。“読むこと”ではない。読者になるなよ!作者になれ!そこだけ忘れなければ、後は何をやって過ごしてもよい」
そう忠告を受けていた。
そんなわけで、僕は毎日図書館へと通う。
晴れの日も、雨の日も、雪の日も。テクテク、テクテクと歩いて図書館へと向った。
そんな風にしていると、3ヶ月なんて時間は瞬く間に過ぎていってしまった。