消えゆく人々
僕は、いつものように、妖精ニンフの泉へと向う。
そこでニンフたちと踊りながら、嫌なコトは全て忘れて過ごす。
毎日毎日、そんな暮らしを続けていると、段々と小説のことなどどうでもよくなってくる。
「もう、いいか。小説なんて書けなくてもいいか…」などと思い始める。
体が森の中へと溶けていき、吸収されていくような気持ちになる。
その時だった。隣の少年の姿が消えたのは。
泉には、僕と同じように小説を書くのに疲れた男どもが何人も座ってダンスを眺めたり、ニンフに手を取られて一緒に踊ったりしていた。
きっと、彼らも似たような心境にあったのだろう。
「もう、いいんだ。小説なんて書かなくてもいい。このままゆったりした気持ちで生きていこう」
多少の違いはあれども、みんなそんな風に思ってここに集まってきていたのだった。
その内の1人が、ポッと輝いたかと思ったら、次の瞬間にはもう消えてしまっていたのだ。全身が光に包まれ、体は分解し、光の粒子に変わって空気中に溶け込んでいってしまったのだった。
顔を上げると、向こうの岸にいる男の姿も消えていくのが見えた。数メートル先に座っている年取った男も、泉の上をニンフとダンスしながら宙に浮いている若い男も、ニンフに抱かれた格好になっている者も。
次々と人が消えていく。光の粒子に変わり、空気の中へと溶け込んでいく。
人の姿は減っていき、妖精の数の方が多くなってしまう。
後には、「フフフフフ…」と、怪しげで楽しそうなニンフたちの声が辺り一帯へと響くのみ。
「何が起こっているんだ!?」
僕は驚愕し、同時に恐怖した。
そして、思い出した。この森に来たばかりの頃、オコモが言っていた言葉を。
「そうさ。それは、“諦あきらめる”コトさ。『もう駄目だ。小説家になんてなれはしない。2度と小説を書けはしない。かといって、森の外の世界でも生きてはいけない。もう死ぬしかない』心の底からそう思った瞬間に、そいつは死を迎えるんだ」
それは、こういうコトだったのだ!!
「小説家としての死を迎えるとは、こういうコトか!!」
そう叫んだ僕の側で、また1人の人間がの姿が消えかける。
「もういい。もういいんだ。オレは、ここで終わりでいい」
近くにいた男が全身をまばゆい光に包まれながら、そう言った。
そうして、数秒後には、その光は空中に霧散していき、後にはただ以前と同じように闇だけが残った。
僕も、ほんの数分まではそう思っていた。同じように、諦めかけていた。
けれども、今はもう違う!
「こんな所で終わるものか!終わってたまるものか!!」
そう叫ぶと、僕は駆け出した。
どこへ向って!?
もちろん!決まっているじゃないか!
小屋に向って!
自分の小屋に帰って小説を書くのだ!!こんな所でのうのうと遊んでなどいられない!
もう1度悪魔と会って、アドバイスをしてもらうのだ。