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俺達の後輩が異世界にクラスごと召喚されたとか聞いたけど、どうしようもないからとりあえず生徒会室で駄弁る

作者: 八房 冥

 俺は御厨二斗みくりつぐと、私立天振学園に通う、どこにでもいるようなごく普通の高校一年生である。まあ“ごく普通の”というのはあくまで自称だ。俺が世界中の高校生と比べて普通なのか異常なのかは分からないが、少なくとも俺は自分を普通の高校生だと思っている。というか、異常だとか特別だとか言って自己紹介したらウザいと思われるだろうし、俺もそう言う奴を見たらウザイと思うだろう。強いて言うなら俺は高校一年にしては平均より身長が少し高く、体重は少し軽いといったところだが、俺と同じ体型の高校一年生は山ほどいるだろうし、普通の範疇に入るだろう。むしろ、身長とか体重の他に学力とか運動神経とか、顔のレベル(これは人によって感覚が違うから一概には言えないが)とか、そう言った全ての項目が平均値の奴がいたら、それこそ異常ではないだろうか。……いや、異常は言いすぎか。だとしても、珍しいことには変わりない。大抵の人間は何かしらの項目において平均値より大きいか小さいかであろう。つまり、普通の人は平均ではない。それでは普通とは何なのか……なんて疑問に対する答えは哲学者では無い俺には導き出せない。……おっと、話が逸れたな。


 まあ、俺は部活には入ってない。帰宅部としてアニメ漬けゲーム漬けネット漬けの優雅な放課後を謳歌――出来れば良かったんだが、ある人物に無理やり生徒会書記という役職に就かされてしまった。書記と言っても、別にひたすら何かを書いてるって訳でも無くて、基本はただの雑用だ。めんどくさい。


 まあ、だからと言って生徒会が嫌いって訳じゃない。面と向かっては言えないが、メンバーは良い人揃いだ。強いて言うなら性格が少々変わってるかも知れないが。ともあれ俺は、生徒会室の扉を開ける。


「やっほー、ニート君」


 俺の顔を見るなりそう言ったのは、天振学園高等部の生徒会長である振旗一葉ふるはたかずは。今年の七月の生徒会長選挙で当選し、夏休み明けの九月から正式に生徒会長になった二年生である。この学園の創設者の孫で、理事長の娘で、容姿端麗、文武両道なお嬢様という、ハイスペックが服を着て歩いているような存在である。確認するが俺の名前は御厨二斗みくりつぐと、決して“ニート”とは読まない。もっと言えば俺はれっきとした高校生であるし、月が出ているかを確認したりもしない。よって俺はニートではない。


「こんにちは」


 俺は振旗先輩の言葉を無視して、彼女を含めた全員に向けて挨拶をした。生徒会室には俺を除くメンバーが全員揃っていた。


「ちーっす」

「こんにちは、御厨君」


 俺の言葉に答えたのは野菊紘希のぎくひろき先輩と三条和歌子さんじょうわかこ先輩である。両者共に副会長の役割についている二年生だ。野菊先輩はバスケ部のエースでありながら、俺と同じくアニメとかにも通じていて話が良く合う。ちなみに一度留年している。三条先輩はふわふわした雰囲気の、振旗先輩とは少し違うタイプのお姫様といった感じで、茶道部にも所属している。


「……どうも」


 控え目な口調でそう言ったのは、ジュリア・加々崎かがさき。アメリカと日本のハーフで、俺と同じ一年生である。役職は会計で文芸部にも所属している。加々崎さんは黙々と本を読んでいたのだが、入った俺に挨拶をするなりすぐに読書を再開した。俺も長机に割り当てられている自分の席に着く。右には加々崎さんが、正面には野菊先輩が、右斜め前には三条先輩がいる。そして長机の短辺に振旗先輩が座っていた。


「じゃあ、ニート君が来たって事で改めて言うよー! 今朝、中等部の3年2組の子達が全員行方不明になったっていう噂なんだけど」

「ああ、アレって本当なんですか? 朝普通に登校してるのが目撃された生徒がいつの間にかいなくなったとか聞きましたけど」


 俺は振旗先輩に質問した。クラスに友達がいない俺だが、周りの連中が件のクラスの奴らが神隠しに遭った、という噂は小耳に入れている。与太話だろうと思ったが、一日中色んな奴が話題にしていたから少し気になっている。


「うん。ウチの妹もその中にいるんだけど、連絡が付かないんだよ」

「それは……心配ですね」


 正直“神隠し”なんか信じられない。だが、本当に振旗先輩の妹さんが行方不明になって消息不明となれば心配はする。


 “クラス全員が急にいなくなる”と聞いて、ネット中毒の俺には連想するものがあった。すると同じことを考えていたのか、野菊先輩が言った。


「そいつらまさか、クラス全員で異世界に召喚された、ってことはねーよな?」


 その言葉に加々崎さんがピクリと反応し、一瞬で顔を本に戻す。


 そう、俺が連想したのは最近ネット小説で流行っている“クラス全員で異世界に召喚される話”である。大抵の場合は主人公がいじめられっ子で、力に目覚めた主人公がいじめっ子に復讐するという展開がいわゆる“テンプレ”として人気になっている。ちなみに俺達の通う天振学園の読み方は“テンプレがくえん”ではなく“てんしんがくえん”である。


「野菊君、不謹慎」

「あー、わりぃわりぃ。昨日読んだネット小説がちょうどそういう話だったから、ついな」


 三条先輩が嗜めるが、野菊先輩は特に悪びれる様子もない。三条先輩もそれ以上何も言わない。そんな中で振旗先輩が再び口を開く。妹さんの行方が知れないにも拘らず、特に心配そうな表情はしていない。


「あー、アレだっけ。あのチートとかハーレムとかいうのが流行ってるっていうアレ? ギーク君もそういう願望みたいなのは有るの?」

「ギーク言うな! ……ってのは置いといて、もちろんあるぜ! チートで俺TUEEEして奴隷ハーレムだ! 男ならみんな同じ願望を持ってる!」

「そうなの? 御厨君」


 興奮したように語るギーク先輩……ではなく野菊先輩に三条先輩が困惑しつつ、俺に話を振ってきた。


「いや……個人的にはハーレムよりも一人のヒロインと一緒にいる話の方が好きですね」

「ふむふむ、ニート君の好みのヒロインはどんな感じかな?」


 俺の言葉に振旗先輩が乗ってきた。だがその手には乗らない。人に自分のタイプを披露する事は、気心の知れた相手といえど恥ずかしい。しかし俺の沈黙に振旗先輩はニヤリと笑う。


「おやおやぁ? もしかして私達には言えない感じぃ?」

「違いますよ! そうですね……ヒロインはかわいい方が良いですね」

「どういう子をかわいいと思うのかを聞いてるんだけどなぁー?」


 ニヤニヤを更に強める振旗先輩。観念した俺はせめてもの反抗として、適当に答える事にした。頭の中に異世界だのネット小説だのと言う言葉があった俺は、何となく浮かんだ言葉を口にする。


「うーん、悪役令嬢って感じの子が良いですね」


 その言葉に振旗先輩と三条先輩が疑問を持つ前に、加々崎さんがビクリと反応した。そして読んでいた本を胸の前に持ってきて、大事そうに抱き締める。……まさか加々崎さん、悪役令嬢ものの小説読んでたの?


「お、お断りです!」

「やーい、なんだかよくわかんないけどニート君フラれたー」


 顔を赤くして――ここで「怒ってるのかな?」とか内心で言うのがラノベのお約束だよな――声を荒げる加々崎さんの言葉を受けて、振旗先輩が俺をからかう。三条先輩は仏のような笑みで俺にハンカチを差し出した。な、泣いてねーし! 折角借りた物だから社交辞令的に目元を拭うけど、別に泣いてねーし!


 ちなみに悪役令嬢と言うのも、ネット小説で流行っているジャンルの一つだ。女性向けゲームの世界に紛れ込んだ主人公が、健気に頑張るゲームの主人公に嫌がらせをするウザいお嬢様キャラ(=悪役令嬢)になるっていう話で、好んで読む層も基本的に女性だ。個人的には加々崎さんよりも三条先輩の方が悪役令嬢は似合いそうな気がする。


「あら御厨君、今何か失礼な事考えなかった?」

「な、何にも考えてませんよ!」


 三条先輩は笑顔なのに何故か怖い。それは眼が笑っていないからだと俺は悟った。そして頭の中のものを全て取り払う。


「そう言えば会長さんよぉ、二斗に好みのタイプを聞いてたのは何か期待してたのか?」


 思い出したように野菊先輩が振旗先輩に話を振った。すると、今までの余裕が嘘のように慌て出した。


「な、何を言ってるのかなギーク君。私はただ話の流れで少し気になっただけだよ!」

「へぇー、気になったんだ。二斗のタイプが気になったんだ」

「君は誤解をしている! 私はニート君の事など何とも思ってない!」

「うわぁ、そういうこと言っちゃうんだぁ。二斗君傷付いてまた泣いちゃうよ」

「ち、違うわ! そんなつもりは……!」


 野菊先輩と振旗先輩の声が耳に届いてくるが、三条先輩の事を頭から振り払うのに苦戦してた俺は会話の内容を把握出来なかった。いつの間にか読書を再開していた加々崎さんが、何故か呆れるような表情で俺を見ていた。


「加々崎さん……?」

「……何でもない」


 加々崎さんは相変わらず謎の多い子だなぁ、なんて俺が思っていると、やはり読書タイムに戻っていた。野菊先輩は何やら振旗先輩をからかっている。手持ち無沙汰になった俺へと、三条先輩が話しかけてきた。


「御厨君、あなたはいつの間にか、見覚えのない森にいました。実はそこは私達が住む世界とは別の世界にある森で、そこの人間は魔王によって支配されています。そして『魔王を倒せば元の世界に帰れます』という天のお告げを受けました。しかし魔王の力は絶大で、そう簡単に倒せるものではありません。その状況で、あなたはどうしますか?」

「……新手の心理テストですか?」

「いいえ、単なる疑問よ」


 三条先輩はにこやかな表情で言う。


「そうですね……ところで、異世界にいるのは俺だけという状況ですか?」

「そうね、この状況では周りに誰もいないわ」

「なるほど、それならまずは誰か他の人を探すと思います。そこでもし、自分と同じように異世界に飛ばされた人に会ったら、その人と話し合って今後の行動について話し合うんじゃないでしょうか」

「誰もいなかったら?」


 意地の悪そうに笑う三条先輩。俺は迷わずに答える。ネット小説を読んできた俺は、その辺りの妄想をこれでもかと言うほどにしている。


「まあでも、身の程に合わない事はしないんじゃないかと思います。この世界の人間より強い力を持っている、とか言われても本当かどうかは分かりませんし、それを確かめてる最中に死んだら元も子もないですし。安全地帯を見付けたら、そこに引き込もって何もしないだろうとは思います。そりゃあ、この世界に帰れないのは嫌ですけど、だからといって危険を覚悟で戦うなんて出来ないでしょう」

「長生きしそうね。もしも御厨君が本当にそういう人だったらの話だけど」

「どういうことです?」


 三条先輩の返事がどこか意味深で、俺は思わず聞き返した。俺は基本的に消極的な人間だ。最低限やるべきことだけは確実にやるが、積極的にそれ以上の事はやらない。生徒会の仕事だってそうだ。言われた分の仕事はともかく、自分から仕事をやるということはない。強いて言うなら、サボり魔振旗先輩の仕事をたまにちょっと手伝う程度だ。大したことはしていない。


「何でもないわ」


 三条先輩ははぐらかすように妖しく笑う。不思議に思いながらそれを見ていると、振旗先輩が不機嫌そうに言ってきた。


「ニート君」

「な、何でしょうか?」

「何でもない」

「えぇっ!?」


 何故だか振旗先輩の機嫌が悪い。助け船を求めようと野菊先輩の方を見ると、自分が異世界に行ったらしてみたい事について語り出していた。それならばと三条先輩の方を向こうとしたら、振旗先輩からの圧を感じ、俺は首の動きを思わず止めた。


「えっと……振旗先輩?」

「ニート君は和歌子とイチャイチャしてる最中にトラックにでも轢かれれば良いんだよ。この厨二ニート」

「なんで三条先輩が出てくるんですか!? それにトラックの運転手さんに迷惑ですよ! そもそも俺は高一の学生です。中二でもニートでもありません!」

「そんな事はどうでも良いんだよ。ニート君のばーか」


 えっと、どうして振旗先輩はここまで怒っているんだろう。すると野菊ギーク先輩が「生意気な口はお前の唇で塞いでやれ」とかいう馬鹿な事を抜かし、その頭を叩いた三条先輩は振旗先輩と俺を交互に見ながらニヤニヤと笑っている。加々崎さんはさっきの「厨二ニート」という言葉がツボに入ったのか、顔を机に伏せてプルプルと震えている。……殴ってやろうか。


 という冗談はさておき、事態を収拾させなければと考える。そして、そう考えるのはどうやら俺だけらしい。俺は内心でため息をつく。元々同級生と話す機会がほとんどなく、コミュニケーションコミュ能力りょくが圧倒的に足りない俺は、どうすればいいのか分からない。っていうかもしも振旗先輩に会わなかったら、一言も話さずに一日の学校生活が終わるっていう日々を毎日繰り返していただろう。そういう事もあって俺は振旗先輩に感謝しているのだが、それをこの場で言うのは何か違う気がする。というか恥ずかしい。


「あの、振旗先輩?」

「ニート君ってさ……」


 困惑する俺に、振旗先輩が話を切り出す。


「何でしょう?」

「私に何かあったら、助けてくれる?」


 その質問に、俺は一瞬固まる。といっても実際は十秒くらいだろうか。その間、振旗先輩はとても不安げな表情を浮かべていた。


「何を聞いているんですか」

「えっ……」


 俺の言葉の途中までを聞いた振旗先輩が俯く。だが、俺は気にせずに続ける。


「俺は振旗先輩に何があろうと、絶対に味方ですよ。もし先輩が一人で異世界に飛ばされるようなことが有れば、どんな手段をもってしても助けます。必要なら、神でも魔王でも跪かせて見せましょう」


 俺が言い終えると、生徒会全員の視線が集まっているのに気付いた。そして改めて考えると、結構恥ずかしい事を言ってしまった事に思い至る。すると加々崎さんが口を開く。


「神とか魔王とか言い出すあたり、やっぱり厨二」


 加々崎さんの指摘に、頬が熱くなるのを感じる。三条先輩や野菊先輩が俺を見て笑みを浮かべているのを見て、心が張り裂けそうになる。


「あああああああああああああああああああああああ!」

「大丈夫よ、御厨君は何一つ恥ずかしい事なんて言ってないわ。神や魔王が相手でも頑張ってね」

「今の台詞は生徒会日誌に残しておこうぜ。そういや書記は二斗だったな。頼むぜ」

「うああああああああああああああああああああああああ!」


 羞恥に俺は叫ぶ。すると、俺の声を聞いた教師が生徒会室に入ってきて「うるさい」とクレームを入れてきた。…………まさか、さっきの台詞も漏れてたりしないよな……? 何かの間違いで放送室を通して校内中に流れるなんてことが有れば軽く死ねる。俺は机に顔を伏せる。


「ニート君……」


 振旗先輩の美声が俺の頭上から聞こえる。そして気付く。俺の背中に何か柔らかい感触が有る事に。俯く俺の背中を先輩がぎゅっと抱きしめていたのだ。


「せ、先輩!?」

「ニート君……」


 俺はその場から離れたい衝動を覚えたが、その為には振旗先輩を突き飛ばさねばならない。どうしようもなくなった俺は動けない。前の方から「三条、お前も俺に同じことを……ごふっ!」なんて声が聞こえた気がするが、それどころではない。右の方から「リア充爆発しろ……!」という怨嗟の声と共にぞっとするような視線を感じるが、やはりそれどころではない。振旗先輩の抱擁はしばらく続いた。




 そして帰宅時間が訪れる。帰宅とは言っても、俺の場合帰るのは寮だ。関東を中心に日本中から生徒が集まるこの天振学園は、多くの生徒が寮を利用している。生徒会メンバーでは振旗先輩以外の全員が寮生だ。親の元を離れた環境に置かれた結果、勉強をサボる学生が続出し、留年生も続々と出るという現象に教師達は頭を抱えている。


「それじゃあ、さようなら。振旗先輩」

「じゃ、じゃあね、ニート君」


 色々有りつつも、生徒会の書類仕事を終わらせた俺は、同じく最後まで残っていた振旗先輩と別れの挨拶を交わす。先輩は先程自分のしたことを思い出しているのか、口調が少しぎこちない。寮に向かう道と校外に向かう道とに分かれるこの場所で、先輩は呆けたように立っているのを見て俺は訝しむ。すると、俺の様子に気づいた様子で口を開いた。


「あのねニート君。妹の事なんだけど……」


 行方不明になったという妹の事、今まで心配している様子は見せなかったけど、やっぱり心配なんだろうな。そんなことを考えながら話の続きを待っていたが、振旗先輩は口をつぐむ。


「ううん、やっぱり何でもない」

「そうですか……」


 振旗先輩が何も言いたくないのなら、無理に聞くつもりは無い。気にならないかと言われればウソになるが。


「変なこと言ってゴメンね。……じゃあ、また明日! ばいばーい!」

「はい、また明日」


 今度こそ俺達は別れる。何とも言えない気持ちのまま、俺は寮への帰路に就いた。



 俺は御厨二斗。どこにでもいるようなごく普通の高校生だ。






 さて、後輩の二斗君と別れた私――振旗一葉は、彼が寮へと入っていくのを遠巻きに確認し、踵を返す。目指すは私の妹――振旗二葉ふるはたふたば達の教室、天振学園中等部三年二組。高等部の敷地内から中等部の敷地内へと向かい、そして校舎に入る。私はそこで、近くに人がいる事に気付く。今は午後六時半を回ったところ。下校時間はとっくに過ぎてるけど、教室に忘れ物をした生徒がいたって不思議じゃない。だけどここは中等部の教室。ここに高等部の生徒がいるのはおかしい。


「ジュリアちゃん、ここに来てたんだ」


 私が声を掛けると、さっきまで私と同じく生徒会室にいたジュリア・加々崎ちゃん。アメリカと日本のハーフである、ちょっと暗いけど可愛い後輩は表情の無い瞳で私を見据えていた。


「振旗一葉……やっぱりここに来た」

「おっと、唐突なフルネーム呼びにビックリだよ。捜査は順調?」


 軽い口調で聞いてみると、ジュリアちゃんはあからさまにビックリした。小動物の様に愛でたい衝動に襲われたけど、流石にやめておく。


「……いつから気付いてた?」

「違和感を感じたのはジュリアちゃんが中等部1年生の時の夏頃かなー。なんかコソコソ学校のことを探ってたから、こっちも君の出自とか色々調べたよ。ビックリしちゃった。FBIが運営している孤児院で育った腕利きスパイなんてカッコイイー! どうでもいいけど、“違和感を感じる”っていう日本語は実は間違ってないんだよー、知ってた?」

「本当にどうでもいい。……とにかく私は3年も、あなたの手の内で泳がされていた道化って事ね」

「そう落ち込むことはないわ。それはあなただけじゃないもの。……ねえ、和歌子」


 諦めたような顔で私を見てくるジュリアちゃんから目を逸らして、私は後ろに首を向ける。そこにあった校舎の陰からは、親友の生徒会副会長三条和歌子が姿を現した。


「さすがね、一葉は。もっと好きになっちゃいそう」

「京都出身で茶道部でいつもほんわかしてるのに、実は天才ハッカーなんていうギャップにはこっちこそ惚れちゃいそうだけどね」

「うふふっ、よく言うわね。御厨君には勝てないことくらい分かっているわ」


 うぅ……それを今言う? 中1の時クラスメイトになって以来、もう5年目の付き合いだけど和歌子は腹の底が読めない。ま、向こうも同じことを思ってるんだろうけど。……もしそうじゃなかったら私こそ道化だけど。お互いに笑みを浮かべて顔を合わせ続けてると、新たな人影がゆっくりと現れた。もうひとりの生徒会副会長、野菊紘希――去年留年して進級出来なかった、一つ年上の同級生である。


「おーおー、皆さんお揃いで。一人いないみたいだけどな」


 野菊――ギーク君はニヤニヤと笑いながらそんな事を言う。この人も怪しいとは思っていたけど、どんなに調べてもそれらしい情報が見つからなかった。分かった事は、強いて言うなら、ボクシングとか柔道とかテコンドーとか、色んな武術を身に着けてるって事くらい。それ故に私は最もギーク君を警戒している。ジュリアちゃんや和歌子も警戒の表情を浮かべていた。


「そう怖い顔すんなってお前ら。美少女三人にそんな目で見つめられたら、オレのレーヴァテインがラグナロクしちゃうぜ」

「ギーク君の短剣ダガーがどうしたのかな?」

「お? 見たこともねークセにそんなこと言うのか? そこまで言うなら見せてやんよ」

「やめなさい」


 ふざけた口調のギーク君に、和歌子が鋭く言う。顔もちょっと怖い。


「冗談だって、そう照れるな」

「それで、あなたはどうしてここにいるの?」

「そりゃぁ、お前らと同じだよ」


 和歌子の追及に、ギーク君はサラリと答え、一度言葉を区切った後に続ける。


「この先にある中等部3年2組の教室。さっきは冗談めかして言ったが、あのクラスの連中がマジで異世界に飛ばされたって事は、ここにいる全員が知ってんだよな?」


 ギーク君はジュリアちゃん、和歌子、そして私を順に目を向けながらそう言う。そして私達は頷いた。彼の言う通り、妹の二葉を含めた3年2組に在籍している生徒全員が異世界――コロニー・ワールドに飛ばされている。二葉は故意にその世界に行ったし、和歌子やジュリアちゃんの仲間もその中に含まれている事も知っている。でも、ギーク君と繋がりがある人が含まれてるのかは本当に分からない。


「まあ、各色々事情はあるんだろうが、オレ達はその調査の為にここに集まった。ま、お前らの仲間もそのうち来るんだろう。ここでは各組織、互いに利用し合ったり出し抜いたり、混沌を極める事になるだろう」


 掴めない態度で、ギーク君は続ける。怪しいとは前からずっと思っていたけど、今改めてこの男の不気味さを思い知った。


「そこでだ。各組織を代表して、オレ達で手を組んでみないか? 別に自分の組織を裏切れと言う訳じゃない。各組織の調査結果やら何やらを報告し合って、共有するんだ。オレ達で話し合って得た結果をそれぞれの組織に報告したって構わない」

「何を、考えているのかしら?」


 私達を代表するように和歌子が質問する。


「そんな複雑なことは考えてねーぜ? 何となく面白そうだと思ったからだ。お前らは、そうは思わねーか? ここにいる奴らはみんなスペックの高い奴ばっかだ。そんなオレ達が手を組んだら、何かが生まれるかもしれねぇぞ」

「そう言われても、あなたは怪しさ全開なのよね」


 和歌子はギーク君を睨む。でも、その表情が不意に緩んだ。まさか……。


「でも確かに面白そう。その話、乗ってあげるわ」

「お前は真っ先に賛成してくれると思ってたぜ」

「そう言われると腹立たしいわね。私にもメリットがあると思ったからであって、あなたの為ではないわ」


 和歌子もやっぱり謎が多いなぁ……。明らかに怪しいと分かるギーク君に躊躇いなく協力するなんて。いや、躊躇ってはいるんだろうけど表に出してないだけか。なんて私が思っていると、ジュリアちゃんが口を開く。


「私も協力してあげる」

「お、ジュリアもか」

「協力してもしなくても、どうせ私はあなたに利用されそう。それなら、堂々と利用された方がマシ」

「はぁ、お前らしいな」


 ギーク君を睨みながらのジュリアちゃんの言葉に、私はなるほどと思った。確かに、私達が何を調べようとギーク君には全部筒抜けになりそうな気がする。正直私はジュリアちゃんを甘く見てたけど、それは愚かだったと痛感する。


「で、残りは会長さん、アンタだけだぜ。どうする?」


 ギーク君は生意気な笑みを浮かべてそんなことを言ってくる。正直ちょっと……いや、めちゃくちゃムカつくけど、もはや答えは一つしかない。でも、その前に私には気になることがあった。


「ちょっと聞きたいんだけど、良いかな?」

「おう、何でもいいぜ」

「ニート君――御厨二斗君はこの事を知ってるの?」


 この学園の高等部生徒会メンバーで、唯一ここにいないのがニート君だ。私は彼を普通の、何も知らない後輩だと思っていたけど、私が知らないだけで何か事情持ちの可能性も否めない。


「さぁて、どうかな」

「茶化さないで!」


 おどけるギーク君に、思わず口調を強めてしまう。それに怯んだなんてことはなさそうだけど、ギーク君は答えてくれる。


「オレの知ってる限りでは、二斗は何も知らないぜ。アイツはオレ達と違って、どこにでもいるようなごく普通の高校生だ。ま、オレが知らないだけで、アイツが異世界からの刺客とか、『コロニー・ワールド計画』のトップにいる神代怜悧かみしろれいりやら天原考司郎あまはらこうしろうやらと何かしらの関係が有るってことも有り得るけどな」


 言葉の後半が少々気になったが、ギーク君がウソをついているようには思えなかった。


「分かったよ」

「で、どうする? 二斗を巻き込まないか、一人だけハブるか」


 既に私が協力するという前提で、そんな質問が投げかけられる。ジュリアちゃんと和歌子の注目が集まる中、私は答えを口にする。


「それじゃあ、手を組もう。私達4人で」


 何の背景もないニート君を巻き込むことはできない。確かに指摘にあった通り、彼を仲間外れにすることになるし、それはちょっと心苦しい。これがベストの答えだと私は思った。ギーク君は頷き、首を校舎の方へと向かう。だが、そこに向かうことは無く、立ち去っていく。私達も各々の目的地へと向かっていった。手を組むと言ったって、私達はそれぞれ別の組織の人間で、それぞれの事情がある。組織ぐるみでなかよしこよしとはいかない。私は“理事長の娘”という権限を行使して、異世界の様子をモニタリングしているという地下室に向かう。和歌子やジュリアちゃん、そしてギーク君がどこに向かったのか、今の私には知る由もないが気にしない。


 コロニー・ワールド計画。おじいちゃんが夢中になりすぎた結果事故で死んじゃって、お父さんもその研究の為に色んなところからお金を借りてるという。二葉――私の双子・・の妹もそれに魅入られて、実験の第一フェイズに参加するためだけにわざわざ入学を2年遅らせて年齢も偽った。そして私も、異世界への憧れはある。まずはモニターから異世界の様子を調べて、実験が第二フェイズに進んだ時には私自身も異世界『コロニー・ワールド』に行くつもりだ。そんなことを考えながら、部屋の扉を開く。その中には、ドアが開いたことになど気付かずにひたすら研究に没頭しているマッドサイエンティストの集団があった。


 これから私の忙しい日々が始まる事になるんだけど、それはまた別のお話。

 


シリアスの息抜きのつもりでコメディ風の話を書こうとしてたはずなのに、なぜかシリアスになっていた。


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