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作者: 黒縁

ある暮方の事です。私はいつも通り学校から一人歩いて帰っていました。

チャイムと同時に鞄を手に取り、できるだけ人と目を合わせず誰にも気付かれないように教室を出るのです。

それ自体を私は何とも思わなかったし、何と思えばどうにもなるわけでもなかったのです。

私は俗に言う、一人ぼっちでした。


友達はいません。虐めてくる悪い人もいません。

ただ、誰も私に声をかけないのです。

おはようと言えば戸惑うように挨拶を返してくれますが、その顔がなんだか可哀想で、まるで私が悪い事をしたように思えて仕方が無いのです。


だから私は、こうやって一人でいるのです。

存在を否定されるわけでもないし、学校生活にこれといった不都合もないので文句はありません。

一つわがままを言えば、ちょっとだけ寂しかったのです。




私がそれに気付いたのは、十字路を右に曲がってすぐの住宅街の路地ででした。

黒い塊が、細い電線の上からこちらを睨みつけていました。

ふかふかしていて、でもとても硬そうで、そんなのに睨まれた私はつい動けなくなりました。


それは鴉であることぐらい、中学生の私には分かります。

鴉なんて所詮鳥です。人間である私は鴉よりもずっと大きくて、力だって多分あります。

それなのに、私はこの鴉から逃げることが出来ませんでした。


ああ、怖い。ただひたすらに、そう思っていました。

動きもせず鳴きもせず、鳥なら鳥らしく早く夕空に溶けてしまえと言ってやりたい気持ちがぐるぐると回り、なら声に出せばいいのにそんな勇気はありませんでした。




どれぐらいの時間が経ったでしょう。

きっと数分も過ぎていないのだろうに、私は何時間もここにいる気がしてなりませんでした。

早く帰りたい、帰らせて。じりじりと焦る気持ちが私の心を占めていき、とうとう走り出すことができました。


だっ、と一歩足を出した時。塊は何倍もの大きさになり、決して綺麗とは言えない羽音を立てて跳ね上がったのです。

突然のことに私は尻餅をつき、ぱっかりと口を開けて小さくなっていく鴉を見送るのが精一杯でした。

怖かったな、と思うと同時に、羨ましいなとつい指を齧りたくなって、ああ、自分はなんて恥ずかしいのだろうと頬をつねりました。


さっきまで恐れていた存在に、どこか憧れのような、羨望するような気持ちを抱いたのです。

鴉も一人ぼっちなのに、それはそれは自由気ままでした。

誰も何も気にせず、自分の飛びたい時に飛んでいきました。

それが、とてもとても羨ましくて、たまりませんでした。




ふと顔を上げれば、そこにはさっきの鴉が嗄れた声を撒き散らしながらどこか遠くへ向かっていました。

つい真似したくなって、私も空に向かってかあと言ってみました。

震えるような情けない声が人影のない路地をするりと通り抜けていき、なんだかとても面白く感じたのです。


私は鴉が好きでした。

何故好きかと問われれば、それは分かりません。

ただ、仄暗い夕空に真っ直ぐ線を引く電線に止まり、かあと鳴く鴉は私よりも何倍も自由なのだと思いました。

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