別れ、そして Ⅱ
外に出ると夜空に星が浮かんでいたが、街の明かりのせいか肉眼で見えるものは少なかった。
「美玲さん…大丈夫でしょうか」
「さぁな」
「あんまり意地悪しないであげて下さいよ?美玲さんは、何も知らないんです」
「分かってる」とレオがため息をつく。
「人間だって、あんな人達ばかりじゃありません。いい人だってたくさんいます。美玲さん達だって、とっても親切な方々だったでしょ?」
咲夜がきっぱりと言い放つ。
その眼差しに押されてか、レオは苦い顔で顔を背けた。
沈黙が続いた頃、目を真っ赤にした美玲が出てきた。
泣いたのだろう。
咲夜が美玲の元へと駆け寄っていく。
「レオさん」
玄関から顔を出した美玲の父に呼ばれ、咲夜と美玲の横を通り抜けて中に入った。
「…あたし、咲夜さんと一緒が良かったなぁ」
咲夜が寄って来たのに気づいた美玲が鼻声で呟く。
「…私達は後方支援が主な任務ですし、戦闘は得意では無いので」
咲夜が困ったように笑う。
「…だって、あの人超仏頂面だし。何にも喋んないし。あっちの世界のことなんて何にもわかんないし。…なんか、魔物に襲われてもそのままほっとかれそうだし」
俯くと咲夜が美玲の手を握る。
「大丈夫です。レオさんはなんだかんだ言って優しいんですよ?絶対、護ってくれます」
顔を上げると咲夜が微笑んでいた。
「大丈夫ですよ」
もう一度力強く言うと、玄関へと視線を移した。
中に入ると、玄関に美玲の両親が立っていた。
美玲同様目が赤い。
苦手なんだよな、こういうの…
思わず視線を逸らす。
「レオさん、美玲をよろしくお願いします…!」
レオをしっかりと見据えた両親に深々と頭を下げられた。
レオが目を細める。本当にあの子は愛されている。
「命を賭けてお護りします」
力強く答えると、ドアを開けて外に出た。
「咲!!」
「あ、はい!」
咲夜が驚いたように返事をすると「行くぞ」とレオが歩き出した。
「あ、レオさん!?」
咲夜も慌てて歩き出す。
玄関を振り返ると両親が手を振っていた。
「ありがとう!元気でね!」
美玲も手を振ると咲夜に小走りで駆け寄った。
◇ ◇ ◇ ◇
「着いたぞ」
街灯に照らされた道を目的地もわからず歩いていると少し前を行っていたレオが首だけ振り向いた。
目の前にはぼんやりと紅い鳥居が見える。
「神社…?」
時々小さなお祭りもやっている地元民お馴染みの神社だが、真っ暗で人気の無い今はかなり気味が悪い。
まるで、異世界にでも連れていかれそうな…
スタスタと境内に入って行くレオを見て思わず「嘘でしょ…」と呟いた。
「え、一体どこいくんですか…?」
歩きだした咲夜にしがみつきながら訊く。
「御神木の所ですよ」
「御神木?」
咲夜が頷く。
「私達守護者は〝ルーフ〟という力を使います。神社や御神木など、こちらの世界にも〝ルーフ〟が流れている所もあるんです。異世界同士を繋ぐのは、術者にかなり負担がかかるのでこういう場所を媒体に使うんですよ」
へぇ、人間界にも異世界と繋がりがあるものもあったんだね‥ていうかアレ?
「レオ、あたしの家から直接異世界に繋いでたけど‥」
異世界に拉致された三日前。確かに帰りはなんかお札みたいなの使ってたけど、行きは何も使ってなかったし。まさかあたしの家にそんな力流れてるわけないし。
告げると咲夜さんが可愛らしい顔を驚きの表情に変えた。
「それは‥レオさん無茶されましたね‥。こちらと異世界を何の媒介も無しに直接繋ぐなんてこと‥私だったら倒れてしまいます」
咲夜が苦笑する。やっぱりそうなんだ。あの時なんかレオ辛そうだったしなぁ。
当のレオは注連縄が巻かれた巨樹に円を描いていた。美玲達が近づいてきたのに気付いて顔だけ振り向く。その表情は、先程まで美玲が思い出していた表情とは一転した涼しいものだった。〝ルーフ〟って力が流れているのといないのとではこうも違うのか。
レオが入れ、と円を顎でしゃくった。
「ここに入ったら、異世界にいくの…?」
「ああ」
「…大丈夫ですよ。魔物がいるといっても、そこら中に潜んでるわけではありませんし、この〝時空ホール〟は片道切符ではないんですから」
咲夜が優しく微笑む。
ーそうだよね。きっと、また戻って来れる。
お父さんお母さん、友達にもきっとまた会えるよね。
泣くだけ泣いた。覚悟も…決めた。
美玲は大きく息を吸うと異世界へと続く円に飛び込んだ。