別れ、そして
本日は三話更新になります〜
結局あたしは、急遽外国にいる親戚の家へ行く。ということになった。
異世界に行くので退学しますなんて流石に言えないしね。
ーそして、あの日から三日。今日で人間界とはお別れ。
放課後、いつもと同じように下校しようとするとクラス中からお別れサプライズをうけた。
お菓子やら花やら手紙やらをもらい、ガリ勉くんから英語の参考書までもらった。
悪いけど参考書は必要ないかな。レオって人ちゃんと日本語喋ってたしね!
◇ ◇ ◇ ◇
「た、ただいまー…」
家に着き少し緊張しながらドアを開けたが、まだ誰もきていないようで安堵の息を吐く。
とりあえずはまだ此処にいられるらしい。
靴を脱いでリビングに向かうと「おかえり」と母が振り向いた。
「あらすごいじゃない!どうしたの?それ」
美玲の両手いっぱいに花束が抱えられている。お菓子や手紙などはなんとか鞄に詰めたが、花はどうにもならなかったのだ。
訳を話すと、「よかったなぁ」と父が言う。三日前同様、仕事を早く切り上げて帰ってきたようだった。
「じゃ、これも向こうに持っていかないと。枯らさないようにしなさいよ?」
母の言葉に美玲は反応する。そういえば、
「ね、あたしって向こうにいったらどうすればいいの?どっかのマンションで一人暮らし?」
〝月の子〟は通常、上級貴族と同等に扱われる。宮殿に招かれ、そこに守護者が住み込みでつかえるという形になるが、美玲の場合は人間界の出であり、能力もまだ開花していないため通常の〝月の子〟の扱いをうけるのは難しいらしいのだ。
「あら、それは問題ないわよ?お屋敷には住めないけど、小さな一軒家を提供してくれるらしいし。それに、レオさんも一緒だし!」
語尾にハートマークがつきそうな勢いで母が楽しげに言った。ちょっと待てよ‥?
「〝レオさんも一緒〟って…まさか…」
「だ か ら、一軒家に住むのよ!レオさんと二人でね!」
母がお茶目にウィンクをする。
「ちょ、ちょ、まってまって!二人ってどういうこと!?聞いてないよ!?」
「あら、言ってなかったかしら?」
「言ってません!あの男と二人って…あたし、一応女の子なんですけど!?」
助けを求めて父を見る。
「大丈夫。隊長さんも信頼してるみたいだし。この前、美玲が帰ってくる前にレオ君と少し話したけど真面目でいい子だったよ」
朗らかに返され、うっと言葉に詰まった。
「美玲ったら、あんなイケメンさんと一緒だなんて…お母さん羨ましいわぁ」
「…………」
なんかお父さんの後ろに炎が見えるのはあたしだけでしょうか。
「で、でもあたしは無理だもん!ていうか、よりによってあんな無愛想な…」
美玲も話をしてみてレオのことが少し分かった。
間違いを起こすタイプではなさそうだが、何より会話が弾まない。よく考えれば、あの時も必要な会話しか交わしていなかった。
ため息をついてソファに飛び込む。
唯一の話し相手があの男だなんて。何だか今から息苦しくなってきた。
◇ ◇ ◇ ◇
「…れい……美玲!!いい加減起きなさい!」
母の声で目を覚ます。どうやらあのまま寝てしまったらしい。
ソファから体を起こして時計を見ると七時をまわっていた。
「早くご飯食べちゃいなさい。もうすぐいらっしゃるわよ」
最後の晩餐、といった感じで夕飯は美玲の好きなものばかりだった。それをたらふく食べると「ごちそうさまでした」と手を合わせる。
「もうすぐだね。美玲、いるものは全て部屋にいれておいたかい?」
「うん…でもどうやって運ぶのかな…」
いるもの、といってもできればベッドやらクローゼットやらも持って行くつもりである。あの〝時空ホール〟で運ぶのだろうか。
「さあ…〝必要なものは一箇所にまとめておくように〟って言われただけだから…」
母も疑問だったらしく首を傾げる。
ピンポーン
「ほら、いらっしゃったわよ」
インターホンが鳴ると母がパタパタと玄関へ向かう。
ドアが開く音がすると、幾つかの声が飛び交っているのが聞こえた。
しばらくして母がリビングに入ってくる。
「どうぞ」と後ろに向かって声を掛けるとレオが入ってきた。
レオは此方をちらりと見ると、そのまま母に案内されてソファに座る。
挨拶くらい無いのか、と軽くレオの背中を睨むともう一人リビングに入ってきた。
白い小袖に緋袴、長い黒髪を後ろで一つに結った巫女のような格好をした、恐らく玄武隊であろう少女は、美玲に気付くとにっこりと笑って会釈してくれた。
慌てて美玲も会釈を返す。こちらはとても礼儀正しい。
この男とは大違いだ、と再度レオの背中を睨みながら美玲もソファに座った。
お茶を出していた母もソファに落ち着く。
二人掛けのソファに父と母、レオと巫女の少女がそれぞれ座って向かい合う形になる。美玲は前回同様、一人掛けソファだ。
父が「この間はどうも」とレオに声を掛ける。
レオが会釈を返したのを見ると、そちらは、と巫女の少女に視線を投げる。
少女はお茶に伸ばしかけていた手を慌てて引っ込めると「初めまして」と頭を下げた。
「玄武隊の咲夜と申します。玄武隊は白魔術を専門としてまして、今回はそれを使って美玲さんのお荷物を運ばせていただきます」
咲夜が簡単、且つ丁寧に説明する。
「まぁ。美玲とたいして歳も違わないでしょうに、しっかりしてらっしゃるわぁ」
母が笑うと、咲夜が「そんな」と顔の前で手を振った。
横から父が「どうぞお茶を」と勧める。咲夜がお茶を飲もうとしていたところを遮ったのを気にしたらしい。
咲夜が嬉しそうに父に微笑むと、いそいそと湯呑みに手を伸ばしてお茶をすする。
そんな咲夜を見て母が僅かに身を乗り出し
「ねぇねぇ、あなた達はお付き合いしてらっしゃるの?」
「…んぐっ…!?げほっげほげほげほっ!げほげほっ…!?」
「ちょ、お母さん!?」
母が投げかけた唐突でストレートな質問に、咲夜が盛大にむせた。顔を真っ赤にして目に涙まで浮かべながら、咳の合間に何かを訴えようと必死だ。
その必死さと身振り手振りからみるに『違う』らしいが…
「お母さんは何ですぐそういう事言うの!?」
「いいじゃな~い。お母さんも恋バナしたいんです~」
「歳を考えてください!」
「恋愛に歳なんて関係無いのよ~♪」
「そういう問題じゃなくて!」
ちらと反対側のソファを見るとようやく咳が落ち着いて深呼吸する咲夜と、呆れたように明後日の方向を見ているレオが映った。
「母さん、お客様を茶化すのはやめなさい」
父の一言で母が「は~い」と肩を竦める。
だからあなたは一体幾つなんですか。
「ええと…では、早速術式に移りたいのですが…」
事態が収まったところで咲夜が言うと「こちらです」と父が立ち上がる。
つられて母と美玲が立つ。
「ほら、レオさんも行きますよ」
興味なさそうに脚を組んでいたレオも咲夜に引っ張られ、渋々といった感じで父の後について行った。
全員が美玲の部屋の前に集合する。
「…これ全部か?」
美玲の部屋には、ベッドやクローゼットはもちろん、帰りにもらった花束やらぬいぐるみやらが詰まっていた。
物の多さに流石のレオも驚いたらしく、心配そうに咲夜の方を見たが咲夜は「大丈夫ですよ!」と言って微笑んだ。
「今回は〝空間転移〟という術でこの部屋を丸ごとあちらの世界に送ります」
咲夜が説明すると懐からお札のような物を四枚だした。
「失礼します」と言って部屋に入ると、手際良く四隅にお札を貼り付ける。
「では、部屋から離れて下さい」
美玲達を部屋から遠ざけると部屋のドアを閉めた。その上に手をかざす。
「〝空間転移〟!」
力強く叫ぶと、部屋の中からヒュウヒュウと風の通る音が聞こえた。ドアが小刻みに音をたてて揺れる。
しばらくすると音が止んだ。
咲夜がドアを開けると、
物に溢れていた部屋は見事にもぬけの殻だった。
「術式完了しました」
思わず美玲達から拍手が上がると咲夜は恥ずかしそうに笑った。
「では」
レオが口を開く。
「準備はよろしいですか?」
体が強張る。
あたしも、行くんだ…
家族が顔を見合わせる。
「レオさん…」
咲夜がレオを見上げると静かに頷く。
「俺達は外にいますので、準備ができたらこちらへ」