もう一つの世界 Ⅱ
本日は三話更新になります〜
「へぇー‥ってちょっと待った!」
ビシ!と綺麗に指を揃えた手のひらをレオに突き出す。対するレオは怪訝そうに眉根を寄せた。
「あたしもその月の子だって言うけどさ!あたし特別な力とか持ってないよ?」
そのおかげで異世界なんかがあるなんて微塵も考えずに今まで生きてきたわけだし。特別な運動神経もなければ超能力も持ってない、霊感すらも皆無です。至って普通、平々凡々の女子高生なわけで‥
「まだ表にでていないだけだろう。が、その髪色や瞳、他とは異質なオーラからするにお前が月の子だというのは事実だ」
「え‥この髪の色も月の子のせいなの?」
少しだけ寝癖のついたオレンジ色の髪を一束つまんでいじる。
この色が原因でよく幼い頃男子にからかわれたり、先輩に訳の分からないいちゃもんをつけられたりしたっけ。この髪を「綺麗だ」と言ってくれる両親の手前、染めるなんてことはできなかったけど。
「でも、こっちの世界にも髪の毛カラフルな人いっぱいいるじゃん」
「家系的にあり得ない色素が生まれる、という点が月の子の特徴ってことだ。お前達が見たことないような色でもそういう家系ならば普通だし、馴染みのある黒髪や金髪でも純赤毛の家庭からしたら異端って訳だ」
「なるほど‥」
何となく異世界のことは分かった気がする。あたしが普通の人間じゃないってことも。全然実感湧きませんけどね…
「大体最低限のことは説明した。他に質問はあるか?」
「んじゃぁ…自己紹介で言ってた〝フェニックスさんせい〟って何?」
逡巡した後ミレイが質問する。
先の説明を聞くに〝三世〟の事ではなさそうだ。
「あぁ」とレオが思い出したように声を漏らした。
「階級だ。各隊で隊長、副隊長、一星から十星、平隊員の順だ。ちなみに副隊長以下、平隊員以上のやつは階級と同じ数の石が隊服につく」
そう言ってレオが自分の左肩を軽く叩く。
その肩には確かに大粒の赤い宝石が三つ付いていた。
「じゃ、レオは結構上の方なんだ…?」
「階級的にはな」
「へー…」
他には?と聞かれたが特に思いつかないので首を振る。
「そうか…ならそろそろ帰れ。陽が落ちはじめた。向こうの世界はもう夜だろう」
そう言いながら立ち上がり顎でドアの方をしゃくる。
わたわたとベットから降りて靴を履くミレイを一瞥して、レオはスタスタと部屋を出て行った。
先を行っていたレオに追いついたミレイが横に並ぶ。
「ねぇ、そう言えばここどこ?」
「…だから、異世界だと言っ」
「もう分かりました!!異世界のどこよ。何の施設?病院?」
呆れたように自分を見下してきたレオに皆まで言わせずミレイが噛みつく。
部屋を出ると一本の真っ白な廊下が延びていた。その両側に番号が書かれたドアが並んでいる。
「守護者に五つの隊があるのは言ったな?」
ミレイが頷いたのを横目で確認して再度視線を前に戻した。
「守護者には一隊につき一つ、隊の拠点となる塔がある。ここはそのうちの一つ、玄武隊が拠点とする北塔だ」
「え…守護者の人達の部屋であたし寝ちゃっててよかったの?ていうか玄武隊って、レオと違う隊じゃん」
「構わない。玄武隊は主に治療を専門としていてな。基本は任務で傷を負った守護者の治療だが、たまに魔物の被害をうけた一般の人も運び込まれてくる。お前がいきなり気絶したから、玄武隊の知り合いに頼んで空き病室を借りた」
「…誰のせいで倒れたと思ってんのよ」
「自己管理がなってないからだろうな。…乗れ」
レオに向けた非難の視線と言葉はさらりと躱され、丁度降りて来たエレベーターに乗るよう促された。
それに乗り込み、まず飛び込んで来たのは燃えるような橙色。扉の対面側がガラス張りになっているのだ。外は陽が落ち始めた所なのか夕焼け色に染まっている。あたしが家に帰ってきたのは大体五時頃。そこから約二時間も眠っていたのに今夕焼けが見れるってことは、少しだけ人間界と異世界では時間軸がずれているのかも。
しばらくガラスに張り付いて外を眺めていたミレイだったが、ひたすらに空しか現れない代わり映えしない景色に興味が薄れ一歩離れた。
時々レオの様子を伺っていたが、レオは終始壁にもたれかかってガラスの向こうを見つめているばかりだった。
「…降りるぞ」
レオの声に振り向くと軽快なベルの音と共にドアが開く。
どこかの大型ショッピングモールかのような広さのフロアは大きな円形をしており、天井はドーム状。その天井には豪華且つ巨大なシャンデリアが吊られ、壁中に取り付けられたエレベーターの扉には黒で何かの紋様が描かれていた。
そして一番目を引くのはフロアのど真ん中にある五メートル程の大きな噴水。洒落た台に祭られているのは尾から二匹の蛇が生えた真っ黒な亀。
「玄武…?」
どこで見たのかは記憶に無いが、知っている。人間界でも神とされているその生き物の姿は異世界でもそう変わりないらしい。
物珍しげにキョロキョロと辺りを見回すミレイにレオは僅かに目を細め、「行くぞ」と歩き出した。
時折すれ違いざまに丁寧に会釈をくれる、巫女の格好をした女性達が玄武隊の人なのだろうか。
「もうすぐこちらも夜になる。悪いがゆっくり観光案内をする余裕は無いんでな。そろそろ人間界に帰れ」
そう言って懐から取り出した札を壁に貼り、手をかざす。
一瞬札が輝きを帯びるとその中心に小粒程の黒い穴が空いた。その周りを徐々に削っていくように穴が広がり、人が一人入れるサイズの時空ホールが出来上がった。
自分が異世界の人間…というか亜人だと言うのなら、この穴も作ることができるのだろうか。うん、それもそれで便利かもしれない。
亜人っていうのも悪く無くも無くも無くも無くも無くも無い、かも…なーんてね。
そんなことを考えながら穴をくぐろうと足を踏み出した瞬間、急に肩を掴まれてレオの方を向かされた。若干よろめいた体を踏ん張りながら何事かとレオを見る。その瞳はしっかりとミレイを捉えていた。
「…三日後にまた来る」
そう言うと、片手で顎を捕まれた。
レオの顔が近づく。
思わずミレイの体が強張った。どっ、と大きく心臓が波打つ。
鼻先が触れるか触れないかのところまで接近され、止まった。
「それから、親御さんからもう少し話があるはずだ。…受け入れろよ」
言葉の意味が分からず固まっているミレイにレオが 行け、と円を顎でしゃくる。
ミレイは大きく息を吸い込むと、勢いよく円に飛び込んだ。