絡み合う運命
PM4:02
南塔最上階 朱雀隊隊長室
「『…よって、レオ・スタッカート朱雀隊三星を〝月の子〟篠崎美玲の守護者に任命する』」
朱雀隊隊長ーヒルダ・ストレットは目を落としていた羊皮紙から顔をあげると、跪いて顔を伏せたままの青年に直るよう促した。
青年がそれを受けてゆっくりと立ち上がる。
「隊長…俺は…」
「今更何を言うても変わらんぞ。決まったことじゃ。いつまでも渋い顔をしとらんでさっさと行ってこんか」
青年がヒルダから視線を逸らしたまま小さく抗議の声を上げたが、ばっさりと切り捨てられた。
ヒルダが溜息をついて腕を組む。
「お主の事情もよう理解しておるが、それも含めてお主を推薦したのじゃ。ありがたく思わんか」
「……………」
尚も不服そうに表情を歪めている青年から諦めたように目を逸らしたヒルダは虚空に円を描いた。
ぽっかりと真っ黒な円が浮かぶ。
「ほれ、隊長が直々に道を創ってやったのじゃ。さっさと入れ」
「…………」
「入らんか」
「……………」
ヒルダが眉を顰め、すぅぅ…と息を吸い込む。そして
「命令じゃ!!レオ・スタッカート朱雀隊三星はさっさと円に入り人間界に向かえ!」
「はっ!!」
突如上官から浴びせられた怒号に勝手に体が反応し、青年が〝しまった〟と思った時には時すでに遅し。抗おうとする体を嘲笑うが如く円に飲み込まれていった。
ウォン…と音がして円が閉じる。
「餓鬼めが…」
そう呟いて、ヒルダが朱い宝石の散りばめられた肘掛け椅子に腰掛ける。その顔には〝してやったり〟とでも言うような楽しげな表情が浮かんでいた。
◇ ◇ ◇
円から飛び出るとまだ陽が沈む前だというのに薄暗く、少し肌寒かった。
後ろを振り返ればしめ縄が巻かれた太い樹が。
「やられたな…」
青年ーレオが苦虫を噛み潰したような表情で後頭部を掻く。
上官から〝命令〟と言われて体が反応しないわけがない。
頭で理解するより先に体が前に出る。組織内での上下関係を完全に利用された。
まぁ、渋ってた俺も悪いんだけどな。
月の子の守護任務に就けと言われたのは一週間前のことだ。
その時も反論しようとしたが
「〝この儂が〟〝直々に〟お主を推薦してやったのじゃ。光栄じゃろう?」
と言われ、俺に与えられた選択肢は「Yes」か「Yes」しか無いと悟った。「No」のコマンドが意図的に握り潰されている。あからさまな強調の仕方から、異論を唱えればその後が穏やかで無いことぐらい小学生でも分かってしまうような空気だった。
理不尽だとは思いつつ任務だと割り切ってみたつもりだったが、直前になって体が拒んだのだ。
が、結局こうして此処にいる。
…もうどうでもいい。
どうにでもなればいい。
要は女を護ればいいんだろ。
この命をそいつに捧げればいいんだろ。
そこに関しては別にどうも思わない。
哀しいとも悔しいとも"生きたい"とも。
己の死など怖くない。
俺が本当に怖いのは…
「きゃははははっ!」
甲高い子供の笑い声で我に返る。
神社の前の道が通学路だったのか、笑い声は徐々に遠のいていった。
さぁ、行くか…
小さく溜息をついて、半ば無理矢理握らされた地図を開いて道を確認する。
ボッ、と突然端から燃え出した地図を放り投げゆっくりとその足を踏み出した。
家に着いてインターホンを鳴らすと、母親に出迎えられた。
俺の顔を見るなり一瞬表情を強張らせたが、直ぐに満面の笑みでぐだぐだと何か言われた。
「こんなかっこいい子が」だの「美玲が妬けちゃうわ」だのうんたらかんたら。
女は俺のこの顔が好きらしいが、こっちの世界でもそうなのか。迷惑な。
ひとしきり演説を終えたところでリビングに通された。父親に柔らかな笑顔を向けられ会釈を返す。生憎笑顔は返せない。人間なんぞに笑いかけることなど出来ないし、そもそも笑い方なんか忘れた。
「ごめんなさいね。美玲ったらまだ帰ってこないのよ。早めに帰ってくるように言ったんだけど…」
ソファに座るように促されて腰を下ろすと、母親にお茶を淹れながら謝られた。父親が隣でその様子をぼんやりと見つめている。
確か彼女に兄弟はいなかったはずだ。家族三人水入らずってとこか。
悪いがその平和で当たり前の日々は終わる。
ふいに父親の視線がこちらに移った。
「貴方が美玲の守護者だというレオさんですか?」
「はい」
「…そうですか」
父親に話を振られ適当に返す。他愛もない世間話からこっちの世界のことまで。遠回しに馬鹿げた質問もされたが問題ないと言っておいた。
誰が人間の女なんぞに手を出すか馬鹿馬鹿しい。
父親として心配だったのかもしれないが生憎何もしなくても女は寄ってくる。わざわざそいつを選ばなくとも都合のいい奴などいくらでも…
あ?最低だって?
別にそんなことしてるわけじゃ……
…ま、その辺の話は置いといて
数十分後に玄関の扉が開く音がした。母親がパタパタと部屋を出ていく。
…帰ってきたか
程なくしてリビングに人が入ってくる気配がした。
母親がソファに座るよう促している。
顔を伏せたまま〝オーラ〟を探る。
かなり微弱だが明らかに他とは異質だった。
視線を感じて顔をあげると
オレンジの髪に青の瞳の女がじっとこちらを見つめていた。
こいつの両親は黒髪黒目。遺伝子的にこんなことはあり得ない。
こいつが生まれた時さぞかし不思議だっただろう。
だが、月の子の条件には当てはまる。
異質なオーラと色素異常。
…リスト通り。
「お前が篠崎美玲だな?」
「へ…あ、はい」
一応確認を取れば間抜けな声で肯定し、呆けたような顔で未だに俺の顔を見つめてくる。
ああ、こいつもか
うんざりだ
片眉を軽くつり上げると慌てて視線をそらされる。
俺が此処に来た目的を知ったらどう反応が変わるのか、見ものだな。