第2話 ファイルナンバーD021145 *
調査ファイルを開き、全部を取り出してみる。
「オッケイ。大空さん、ありがとう」
オブザーバーの意見を聞いておきたいと思った。
「みんな、どう思う」
「最近、テレビなどでも報道されていた事件ですよね」
「夫が殺されて、泣きながら駆け寄る妻、後で名演技などと叩かれていたね」
思いつくままに話し出す。
こうしたビッグな事件がくると、調査員は興奮しやすい。
「泣きながら八重子がインタビューに応えるシーンが何度も流れていましたね」
「犯人と思われていた健太郎が、証拠不十分で拘置所から出たとき、すごかったよね」
「見ましたよ。あれは、凄かったね」
「哀しみの未亡人と子供のタイトルで、許せないことを盛んに訴えていた」
「その後、八重子と健太郎が、テレビ局と番組を変えての論争になっていったんだわね」
「ワイドショー、週刊誌などが動き出すと、八重子の発言が夫婦愛の大切さを訴えていたわ」
「そうそう、自分と浩二と二人がいかに愛を高めあっていたかなんて」
「愛し合っていたことに論点を集中、世論を得て、健太郎を攻めていた」
「健太郎が、保険金の支払額と支払われる先を確かめて、反論していた」
「浩二と健太郎がホモ・セクシュアルなんて、話題も……」
かなり雑談になりつつあった。
「あの。お話の途中ですが……」
担当調査員となった大空が口を挟む。
「おふたり、ポテトたちのテレビの情報交換がお好きかしら?」
微笑んでいるけど、かなり手厳しい。
二人のオブザーバーが話をやめて、気まずい雰囲気になった。
「確かにね。でもそうした周囲の状況から分かる部分もあるんじゃないかしら」
「そうよ。そうよ」
確かに、いきなり本題に接せず、周辺情報から話を持ち上げて、会議を円滑に進める。日本的なミーティングであれば、そうした周辺情報から入る場合もある。
ただ、私が聞いていても、テレビのワイドショーで聞いた情報や見たシーンにどれほどの価値があるといわれれば、まあ、価値がない。
ポテトたち。ポテト族とでも言おうか。1980年代のアメリカのスラングで、価値のないヤツ、だらだら無駄な時間をすごす人をさしていう。
大空が、首をすくめて、軽くお詫びをする。
「すいません。もちろん、私も興味があります。愛と哀しみ、欲の行く末、真実探し……。かなり面白そうな事件です。担当としても興奮します。でも、早くミーティングを終えたいと思いますが、どうでしょう?」
「そうだね。私も早く帰るのに賛成だ。お腹もすく。早く終えて、みんなで夕食でもどうだい?」
「そうですね……」
結論を急ぎはしないが、長いだけの会議になるのは無意味だ。
アクションは早いほうが良いのだ。
早く片付ける。賛成できる解決策を提示することで、険悪な雰囲気も消えた。
ただ、私の財布から1万円札が消えるかもしれないが……。
私が大空の顔を見る。
続けて欲しいと、頭をスイングさせた。
微笑で返すと、大空が続けた。
「ありがとうございます。それでは……。周辺のノイズを捨てて、クライアントのオーダーとミッションから片付けます。八重子と健太郎を犯人とできるコンフェッション、自供かエビデンス、証拠かが欲しいというのがクライアント・オーダーです」
先方の指示書を指差しながら話し出す。
「オーダーに対する回答は簡単。八重子と浩二の二人に近づき、聞きだし、掴むこと。それが、私たちのミッション」
どうも、大空には解決のための道筋がみえているようだ。
そんなそぶりである。
「ただし、保険の調査という名目で、正面から当たるのは無理ですから、偶然をつくり、出会って、打ち解けていく方法がいいと思います」
「スタッフが必要だな」
「社長……」
彼女は微笑んでいた。
「その余裕の笑顔には、何か、あるね」
「ええ、ちょっと心当たりがあります、新しいスタッフを使いたいのです」
「なんだい。いい結果になるのなら、言ってみたまえ」
「調査の協力を外部に頼みたいのですが…」
確かに、社内の年齢層では若い。
八重子が四十二歳、健太郎も四十歳に近い。
警戒しているとすれば……、私は問題外である。
同年代の女性でも警戒するだろう……近寄れない。
オブザーバーの意見も同様だ。
「費用については、交渉できるので、安心していいが……」
「あまり、年配でも難しいし、大空さん、あなたも……」
ふくぶくしい女性はいがいと年配にとられやすい。
彼女も、年齢よりは上に見られる。
それに、テキパキと動き、相手を逃さない眼差しには警戒されるだろう。
では、誰がいるのか?
「はい。高校生をフューチャーしたいのですが、いかがでしょう」
かなり、驚いた。
さらりという大空の微笑にも少々、たじろぐ。
未成年の調査員とは、破格である。
もし、高校生の調査員を危険にさらせば、社会的な信頼も失いかねない。
私の顔が曇っていくのを、大空も見逃さない。
「理由と安心、ふさわしい候補。それが条件ですね」
切り替えの速さ。これが、軍の教育経験者がなせる業なのか?
「まず、理由ですが……」
大空は、八重子と、その家族のプロファイルを開いた。




